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知的臨界点への脱走

金曜日, 9 月 10th, 2010

マドンナのHang Upを聴くと明け方朝靄の中飛行機で到着する南米チリのサンチャゴの妙に神秘的な風景を思い出し、Toy DollsのYou won’t be merry on a northを聴くとノルウェーの薄暗い夜道と日本赤軍の暗い人生思い出し、BlondieのCall meを聴くと冬のベルリンでフリマに行ったことを思い出し、市川実日子を見るとフィンランドを思い出す。どれもこれも音楽そのものには関係のないものばかりなのだが、その当時聞いていたという記憶と強く結び付いているので、同時に風景も思い出してします。人生は旅なのだから、こんなところで暇つぶしをしている場合じゃないと思うのも当然のことだし、もっと遠い見知らぬ土地へ行って、見知らぬ人と出会い、見知らぬ感情を抱き、見知らぬ言語を覚えながら、見知らぬ自分というものを見いだしてみたいというのも当然のことだ。ぼくだって、もっと遠くへ旅をしてみたいと思う。さよならだけが人生だと誰かが言ったかもしれないが、良く言うものだと思う。さて次はどこへ行けばいいのかと思うとワクワクして仕方がないのと同時に、世界にはまだまだほぼ99.99999999999%の人とはまだ出会っていないのだからぼくはまだ何も知らないのとほぼイコールである。そう思えば、ぼくは無知であるし、それ以上何者でもないのだ。人はそれぞれでもっと縦横無人に好き勝手にいろんなことをできるはずなのだから、誰が何と言おうと生き続けるという旅をするしかないのだ。そのことに置いては、自分で責任負うしかない。ぼくはもっと支離滅裂な人と出会いたいという欲望でいっぱいである。そんなもの想定内だとか言う奴は嫌いだ。

その違いが分からなくなるのだけは厭だ

月曜日, 8 月 30th, 2010

電話で「文句がある」と言って呼び出しておいて、好きだ!と愛の告白をするなんて夢のようなことを考えながらにやにやしていると夜が暮れた。正確には時間が経っていて日付が変わっていた。なんて言うののもまんざら嘘でもなくて、本当かしらと思うのも当然だけど、僕には嘘と真実の境目がよくわからない。でもこんなことを言う大人なんて信用できないと思われるかもしれないが、ぼくはそんな大人の方が素敵だと思う。どんな違和感だって直感的に感じたことを包み隠さずに濁さず恐れず間違いなく正確に取り出したならば、それはきっととんでもなく違和感なのだから可笑しいに決まっている。そんな毎日のなかで良くも精神異常にならずにやっていけるものだ。そのぼくらを支えているのものは、きっと周りにいる人々の声援であったり罵倒であったり愚痴であったり戯言であったり嘘であったり真実であったりするのかもしれないが、きっとぼくらはそれらをイッショクタに混同しながら生きていると思う。ドイツの森の中で目の真前が見えずに湖に落っこちてしまった時もそんなことを考えたような気がする。死んでしまったらこの日本が資本主義だろうと社会主義だろうとどっちでもいいのだけれど、生きているうちはそれは問題だ。その違いが分からなくなるのだけは厭だ。

苦し紛れにハンバーガーを購入しているに違いない

土曜日, 8 月 28th, 2010

マクドナルドで店員さんを見つめてみたら、そのあとで何度も見つめ返された気がしてならなかった。というのは、「気がしてならなかった」の域を出るものではないので、これ以上の確認を取れないのだけど、そういった勘違いから始まることも沢山あるのだろうとぼくは思う。だからと言ってその店員さんと何かが始まるというのはちょっと早合点なのだが、物事の始まりというものはそういうものだというととても納得のいくものである。というかそうあって欲しいという願望がやや含まれていることも留意して頂きたい。そしてまたぼくらは日々心の底では、社会転覆を可能にする革命を欲しているのだ。それに殉じるかそうでないかだけの違いであって、まったりと夜空を眺めている夜だとしてもぼくらは次の日の変化を待ちわびているに違いないのであって、だから退屈は厭だとか嘆くだけのことだ。つまりぼくらは目前に迫りくる怠惰な日々の日常批判の地平からのみ生き返ることが可能であって、その意味では人生とはネガティブアプローチである。逃走するのみである。苦し紛れに粉砕する右手が痛むのならば、それも一興であるに違いない。ということは、既存価値観の破壊とその書き換えによってしか生き延びれないという運命であるならば、思い切って全否定にのみ希望を託したいと思うのも納得できる気がする。ぼくらは、常にマクドナルドの店員さんに殴りかかりたいと思いを胸にやっぱり恋もしたいわ、なんていうドギマギした心情を忍ばせながらもその混乱した思考のなかで、苦し紛れにハンバーガーを購入しているに違いない。

アメリカに行く人

火曜日, 8 月 24th, 2010

ようやく2つ目の個展のオープニングを無事に終えて、一段落かと思いきやそうでも無いのだということで四苦八苦しながらいるとまたも友人がひとりアメリカに旅立った。いってらっしゃいと言うつもりで新宿で一緒に飲んだら、逆に不要になった靴とか食材をたくさんもらってしまい申し訳ない気分になるも、がんばろうという気分一新にて新たなる旅立ちを近いつつ、さよならだけが人生だと思いつつもそれは言わずにおこうと思った。と一息つけるかしらと思っていてもすぐに次の行動に移さないと生命の危機にさらされてしまうと思うとうかうかしてもいられない。アーティストは止ってしまうと一気に死んでしまうのかもしれない。

ということで個展があるうちにどんどんアピールをしなくちゃなと思い策を打ちつつ、次はルーマニアかしらと事を進めるのだがまありうまく行かず地団駄を踏みつつ、来年のことを考えるのだ。とにかく早くこの猛暑から逃れらればもう少し楽になるかしらと勝手に楽観視しつつも、もう28歳目の前だわというよくわからない感想を持ちつつ、自分のウェブサイトのサーバーを整理していると「丹羽良徳の奥さん」と検索している人がいたことが分かり、奇妙な感情が沸き上がってきて困るわ。いつもぼくは結婚願望が強いと自分自身で思い込んでいるにも関わらず、いざとなるとアーティストだからと言い訳したがるくせがあって、そんなら言うなよと自分でも思っているのだ。

ヘルシンキのスタジオから見えたフィンランドの暗い夜空がもう一度みたいなと人並みの感想を言ってしまえばそれまでだ。今年はもう一回だけ旅に出られそうだから、まいいか。それまでの辛抱でまた皆さんごきげんよう!個展を見に来てない方是非いらしてくださいね!都内で2カ所で個展が同時にあるなんて滅多に無いんです!

当然のことで白昼夢かしら

月曜日, 8 月 16th, 2010

ある面識の無い方のブログを読むと、工場労働者のことが書いてあった。彼は実際に深夜勤務にて作業員として工場勤務していたのだそうだが、彼の感想によれば工場とは病院と刑務所を足して2で割ったようなところだと言う。ぼくも多少だが経験があるので、その感覚はよくわかると思った。さらに彼はその工場作業にてある種の快感を得ていたのだとも書いてあったことにぼくはちょっと驚いた。もちろん、好きで工場勤務していたわけではなかろうが、何かに失敗した社会不適応者がやってくる工場での純度の高い単純作業の繰り替えしが白昼夢を誘うのだという。いや、理解はできるが納得できないなと思ってしまうのだ。たしかに彼はそのあとすぐに退職したらしいので、厳密に言えば一時的な過酷な作業が寧ろ快楽にも似ていたのだろう。それにそんなことを感じて日々をやり暮らして、仕事が終われば一気にビールでも呑んで呑んだくれて、終わって、そんでまたとりあえず仕事の繰り返しの工場作業員はかなりの数がいるはずだ。資本主義の大多数の労働はそんなものかもしれないが、それは言い過ぎかもしれない。ただし、それに似た感覚で労働する人もかなりいると思う。だからと言って問題解決するのが僕の仕事でもないが、ベーシックインカムくらい導入してもいいかもしれない。それはとにかく早く。とにかくそれ以上ぼくの思索も及ばないが、彼のブログの文章がそんな暗い現状に対してなぜか爽やかで飄々としている文体だということにぼくは一番気を惹かれた。彼はなんだかそんあ薄暗い工場労働の現状をやや俯瞰して見せてくれるようで、悲惨な現状に反して何故か気持ちが良いものだった。

ということで、新しく空いた部屋に作業台を作ってヴィデオの編集室を作った。個展まであと僅かな時間を使って純度の高い作業と思考を実現する為にはどうしても環境を変える必要があったし、この猛暑のなかコンピュータを壊さないで乗り切るための策だったかもしれない。15インチのモニターをヴィデオ編集用に用いてその隣で編集できるようになったので、映像を確認しながら作業ができるのでやや楽なったが、考えてみればぼくの作品は殆ど編集も糞もない映像だったから、こんなの作らなくてもよかったかもなとも思ったけれど、結果的に過ごし易い部屋ができただけだ。ここ数ヶ月やや的を絞ったように動いてはいるが、これがどうなっていくのはまだ未知数であるし、1年後すら何も分からない状況においてぼくができることを日々やり過ごすだけで幸せだなんて、一体どうかしてるわ。と思うのも当然のことで白昼夢かしら。

小説

水曜日, 8 月 11th, 2010

できることなら新しい電話機が欲しい。余裕があればファクシミリも欲しい。いま家にあるのは、北京の雑貨屋で買った完全にバッタものキャラクター電話機なのだけれど、これはこれでちゃんと使えるのだけど、でも電話というものはちゃんとしたのがいいと思う。なんとなくそう思う。電話というのは人が人が繋がる至極簡単なツールとして社会的地位を得ていて、寂しさを紛らわす為に夜な夜な電話を使う人もいたり、ビジネスに使う人もいたりもするという面白い機械だったりするのが好きだ。だからと言ってぼくが新しい電話を買って溺愛しようとするのではなくて、なんとなく新しい電話というものを迎えていれてみたいという心持ちなのだ。これは説明仕切れないなあと思うかもしれないけれど、新しいやつがきて新しい風を吹かしてくれよなんて思ってもいる。電話が鳴るというのも一種のイベントのような出来事であって、電話が鳴るための呼び鈴なんて無いわけで、その呼び出し音が呼び出し音であって、それ以上の予備はないのだから、急に訪れる闖入者に家は瞬く間に忙しくなるというのが、いい。恋人がいるならその電話でまったりと愛のひとつでも囁けばいいのかもしれないけれど、そうは問屋が卸さないので、今のところは諦めて背筋をピンと伸ばしたつもりになってみる。受話器をがちゃりと下ろせば、瞬く間にまた同じ部屋に取り残されたりもして、それはそれは車内から電車の外の友人を見送るような気分のようなよくわからない気持ちになったりして、ああ明日も頑張ろうかしらっていう根拠のない頑張りを見せたりするようになる。そう考えてみれば電話はそれが機能的に持っている以上の働きをしていて、溜まらなく思う。

France Gallと死

日曜日, 8 月 8th, 2010

このFrance Gallの曲をになんだか死を感じてしまうのは何なのだろうか。ぼくの作品の根底には死のイメージがあると言われたことも関係しているのだろうかとも思うが定かではないし、その死のイメージは儚さへの反抗として現れているのかもしれなないが、ぼくは何だか彼女の声を聞いているとすごく人生の末期を浮かべてしまう。それはきっと割り切れない思いと共に吹き出してくる人生の矛盾と現実とのギャップのなかで悶えている人々の姿と重なる。僕たちは何が何でも死ぬんだという結論を背負ったまま楽しそうに生きることを求められているし、そんなこと言われてもできませんと言うのは今の時代は許されないし、ぼくだって、頑張って!と言うのが精一杯である。そんな状況のなかでぼくは何をすべきなのかということを常に考えるべきであるし、実行するべきである。ぼくは共同体という単語も社会という多用してきたのだけど、閉じられた小さな新しい共同体を作り出すことにも興味がないし、実際の社会変革にも興味がない。ただし、そこに生きる人々のなかで絶えず変化していく社会との関わりのなかでの人の生き様に興味があってぼくは作品を作り出しているような気がする。だから主義主張なき作品であって、共同体を形成するわけでもなく、そこから疎外されつつあるある人の抵抗行為である。

はっきり言えばまだ混乱しているのだが、ぼくは感動を求めているわけでも共有を求めているわけでもない。ただ社会との接点における人間の生き様をシリアスに掴み取り出すだけなのだ。それはやはり究極には死へ向かっていくものなのだろか。言われてみれば何となく納得するものである。死んだら終わりだと絶えず言ってきたこともしかりである。そういった大きなタイムライン上での出来事として1日を捉えていくことから始めないと何もできないぞ。と思ってしまう。

芸術活動と呼ぼう

水曜日, 7 月 28th, 2010

暑い暑いと言ってももうかれこれ27回目の夏を迎えるわけなのに、未だに暑いと言わないといけないというのはどうゆうわけか。いや簡単なことなんだ。暑いというのは限界ではなくて通過地点だということだ。だから言えばそれで済むんだ。それで少しは救われるということを皆知っているからこそ使う言葉であって意味を伝える会話ではないのだ。ぼくは作品を作っているのではなくて、人生というフィールドにおいて作品なき芸術的実験を行っているのかもしれないということだ。それはもっと考えるべきことであるかもしれないし、突き詰めることでもある。その判断によっては今後の成り行きが大きく変わってくるということだ。そう皆分かっていることしか分からない。いま、僕の友人がぼくの芸術家活動に関する文章を書こうと必死で動いてくれている。その勇姿を無駄にしない為にもぼくはもっと必死に生きるべきだなのだ。BはAがあったからこそ発見できる出来事なのだ。

何もかも始まったばかりのことである。苦し紛れに自分の感じることを実現させるのみなのだ。何度も言うが死んだら終わりだ。物は壊れるし、時代は変わるし、人間も変わる。真理もまた覆されるのであるから、ぼくたちは必死で生きるだけなのだ。そこには何の障壁もないはずで、僕らはいつの時代にも先の見えない最前線を前衛として生きるという使命を課せられた歩兵隊なのだ。撃たれて死ねれば幸福なのだ。そこにふっと現れる人間の関係性のなかで見えそうで見えない些細な感情を掬い出そうとすること。その活動をぼくは芸術活動と呼ぼう。

ぼくは江戸時代には生きていなかった

火曜日, 7 月 13th, 2010

ここにきていやはや、何のことなのか何で生きているのかちゃんと考えないと生けないぞと悪魔の囁きが聞こえてきそうである。つまり忙しい時こそ自分の精神に準じた行動が求められるということなのだが、そんなの分かってるよと言わないまでも肝に命じたい。そうこれが、ああもしかしたらあれかもしれないという時間である。考え見ればぼくはそして多くの人々は周りの人々に支えられて生きているわけで、その支援無しには生きられないというのは明白の事実であり、そのこと以外にもう頭にないわ!ということでぼくはたぶんパフォーマンスアートを始めたのだと思う。つまりぼくは何かをオリジナルなことを創造するのでなく、見なかった僕たちの時代のなかの何かしらの形態無き関係性を導き出す作業によって生き抜く作法に殉じるのみである。だから何のかと言われても答えがない。ぼくらはもう生きる為の方法を自分たちで作り出さないといけない時代に生きているのかもしれないし、昔からそうだったのかもしれないが、つまりそういうことだ。誰だって死んだら終わりであるし、生きている時間の有限性の時間の中でしか物を感じることができない。ぼくは江戸時代には生きていなかったし、2100年にも生きていない。そういうことだ。

今の状況を忙しいちゃんと呼ぼう

月曜日, 7 月 12th, 2010

もしかしたら今週が山だなあと思うがまだ右手が腱鞘炎だ。

痛みはいつから痛いか

水曜日, 7 月 7th, 2010

実は今腱鞘炎になりつつある。痛いという感覚はとても重要な感覚のひとつで、もしこの痛みというのが認識できなくなたらぼくたちは簡単に死んでしまうのだろう。怪我をしてるのも気付かず、血が出ているのにも気付かず、骨が折れているのにも気付かないと大変なことになる。だからこの痛みは進化の中で一番原始的で且つ重要な役割をぼくたちに与えてきたんじゃないかと思う。これは自分への危険信号と同時にそれを回避せよという命令であると同時に生きることへの挑戦なのかもしれない。そういう意味で鎮痛剤とか麻酔は危険な薬であって、使い方を間違えると取り返しが付かなくなる。僕たちは日々痛いか心地よいかそのどちらかを移動しながら生きる方法を探っているし、たぶん痛いものは選んではいけないという教訓を人類には刻み込まれているんだと思う。だから血がでると痛いし、転ぶと痛い。痛いことは死に近づくことだから辞めろと警告されているんだと思う。それがなぜ痛いのかは究極の謎かもしれないが、たぶん生命の数十億年の歴史の生命保持の為に好ましくないものは痛く感じるようになったんだと思う。そう思うと、痛みでさえ歴史的に記憶の産物として認識されているんだなあと思うと、不思議な気分になる。

何を僕たちは得ているのか

火曜日, 7 月 6th, 2010

1日のなかでかなり割合でお金のことを考えているというか、お金そのものに踊らされている感じでもあるのだけど、致し方なく仕事をしたり、お金の計算をしたりしているうちに人生が終わる。結論を言えば、お金はだれ物のでも無いということた。その証拠に、ぼくが銀行に預けたお金をその銀行はぼくの了承なしに人に貸し付けているのだ。こんなの当たり前じゃんかよ、と言う人もいるけれどぼくにとってはこれは大きなポイントであって、つまりぼくは1000円札を握り締めたっていつまでのたっても僕のものにはならないで、どこかへ逃げてしまう存在でしかないということか。銀行に預けたりしても勝手に知らない人に渡ったりする。ぼくの物だ!と言って名前を書いても無効にされる。そう、誰のものでもないんだからつまり共有財産的なものなはずなのに、お金が無くて困る人がいたり、沢山あるひとがいたり、それは自由経済のなかでは仕方がないことかもしれないのだけど、その仕方がないことで生きていくのにはやや酷いこともあったりして、また一喜一憂したりする。その内に人生が終わるのかもしれない。誰だってお金が欲しいのだから、頑張って働いたり、儲け話に騙されたりして本末転倒な人生を送ったり、よくわからないキャンペーンに乗せられて人生が終わってしまたりしている。この前、電車に乗っている時にみたFX会社の広告では、ある条件をクリアすれば会員全員に資金の年率15%の2ヶ月分をプレゼントするというキャンペーンだったのだが、ぼくにはどう考えてもこの意味が分からなかった。何故、会社が会員にお金をあげるのか?銀行の利子も同じことだ。ぼくには良くわからない。そりゃあ、誰だって少しでも1円でもお金が欲しいと熱望しているのだから、もらえればそれでいいのかもしれないが、何であげる?それでその会社の人気が出るのかもしれないが、何を僕たちは得ているのか。

ミュージシャン

土曜日, 7 月 3rd, 2010

夜更けに西新宿の駅前を通るとよくストリートミュージシャンというのが演奏していたりして、なんだかその観客を含めた風景を観ていると、少しだけああここが地球なんだなあとか思ったりする。人間がいろんなことに困ったりしていて、いろんな人が助けようとしていてそれでもうまく行かないで滅茶苦茶になったりもして、それでもラーメンの屋台とか手相占い師とかストリートミュジーシャンとか登場したりする。1日の中で夜というのはとても大切な時間だ。この時間に働いているひともいるけれど、ほとんどの場合多くの場合、ぼくたちはこの時間に好きなことをすることになっていて、それは完全に自由なのだけど、たいしたこともできずに泣いているひともいたり、家でのんびりしていて幸せを感じているひともいれば、孤独で挫けそうになって飲んだくれるひともいたりして、それはもうお昼のランチタイムとは対照的な赴きでぼくは好きだ。 だからなんだと言われてもなんでも無いのだけれど、そういった人生のタイムラインの違いにおいてぼくたちは一喜一憂しているのだなあとことだ。結論はない。考えてみれば、ぼくたちは成長することを物理学的に要求さえていて、その極限というのは老いであり、死であるのだけれど、その成長の段階のなかでしか僕たちは自分を捉えることすらできないという歯痒い生き物でもあって、つまりぼくは小学生であった時期もあり、中学生であった時期もあり、高校生であった時期もあり、大学生であったり、老人であったり、赤ん坊であたりするという変幻自在の夢遊病のように様々な様相でこの世の中というのをウロウロしているのだ。ということは、何も他人に俺様と言う必要もなく、へこたれそうな人間以外の何者でもないという事実だけが残るんだろうと思った。

火曜日, 6 月 29th, 2010

歯が痛い。フィンランド行くまえに応急処置していた虫歯が疼き出したようで結構痛い。正直にど真ん中の奥歯の虫歯だけど、歯医者に電話したらちょっと笑われた、というかぼくが笑ってごまかしたから笑ってくれたけれど、予約でいっぱいだったから週末まで痛いのが続くかもしれない。と思うと、愛さないと愛してもらえないんじゃないかと全然関係のないことなんかを考えながら、電話を切った。そう前々関係のないことをふっと繋がりを見つけ出してくるその瞬間にぼくらは生きているのかもしれない。それが信じられれば人生が変わるってものだ。その一瞬を探して彷徨いながら生きていると言っても過言でないと思う。見ないフリで生きて行くこともできるのだけど、そうじゃないんだと大声で叫びたいという気持ちをどこかで発散させないとこりゃもう駄目だなあと感じることができれば、きっとぼくはもっと真剣に生き抜くことができるのかもしれない。とにかく今は個展前の大詰めの打ち合わせも控えているのでせっせとビデオの編集とか樹木の確保とかいろんなことをやっているんだけど、暑過ぎて困っちゃうなあと思っている自宅では扇風機で何とか凌いでいるのだけどそろそろ限界も見えて来そうだなあと思っている。暑過ぎるという問題の前で解決策が扇風機しかないという現状に対して、それをクリアしたところに何があるかなんて何にも感じてない自分が腹立たしいと思う。まだ歯が痛い。

たまご

月曜日, 6 月 28th, 2010

Macのデスクトプ画像に市川実日子さんの写真をずっと貼付けていたのだけど、ふとファイルをたくさん放置していたら、目の部分がうまく隠されていて、目隠し美人になった。これを見ていると、もしかしたらぼくはこの顔の輪郭が好みなんじゃないかなと思ってしまった。この卵みたいなつるっとした感じがもしかしたら、無意識に好きでいたのかもしれないと思う。茹だるような暑さのなかでクーラーも当然ないぼく家は、サウナのような外気よりもずっと高い気温を維持しながらもなんとかぼくは生活しているのだけど、ちょっと心配なのは、Macがこの暑さにやられはしないかと思っていること。時間の流れには逆らえないからぼくだって、いい子ちゃんぶっていたりしている。ようやく去年購入した扇風機をひっぱり出して来て玄関から家いっぱいに風が回るようにした。それでも珈琲だけは飲みたいから熱い熱湯を沸かしたりもしている、と思えばもう2010年の7月だったりする。これまでどれだけの人に出会ってきたんだろうと思うのは、センチメンタリズムと言うのだろうか。そしてその人たちとちゃんと関係を結ぶことができただろうかと考えることがある。思えば条件付きだが無限だと想定されている人間の可能性のなかでぼくは何を選んでいるんだろうか。それはさておいて、なんとなくかれこれここ数年厭がおうでも未来のことばっかり考えている。それは当たり前という形容詞で表現されるべきかもしれないが、自分のみっともなさとふがいなさと、いやこんなはずじゃなかったという淡い思いと大丈夫だという自信とが混在しながらも、夏なので汗なんかかいたりしている。人は結局科学よりも宗教にはまるというのは、とても自然なことだし、これからどうなるのよ!というのを誰かに囁いてもらいたいと思う心情は馬鹿にできない。ぼくも好きな人ができたら一緒に月にでも行きたいと思う。くだらない奴だなあと思われるかもしれないが、それが人生だと思う。

淡い本当

木曜日, 6 月 24th, 2010

人生淡い期待でも持ってないと生きて行けないというのは、当然のことでその度が越すと、あの人はとんでもでもないとか言われたりするということを考えると、人生の殆どのことはどうのこうのあっても大抵は物事をどのレベルで感じとるかという問題なんじゃないかということに落ち着くこともできる。つまり、本当だとか本気だとか誰にも分からない言葉で極限を示すことはできてもその本当って具体的になんなのかって誰にも分からないし、その本当の状態ってたぶんすごく怖いものなんじゃないかとも思う。「本当に」って良く日常会話でも使う言葉でもあるのだけど、その言葉でこまでも行けるなあと良く思う、でも実際に東京でみんながライフル持って闘っている状態でもないと思うと、その本当っていうのもどこか亀の一息で忘れてしまいそうな紙切れな気がする。でも、淡いとか甘いとか雨とかあそことか、「あ」で始まることはなんだか幻想的でいささか、その心情的なところに本当が隠されているのかしらって思うこともできるので、今日は良しとしよう。そうだ、明日が来たら明日は今日と呼ぼうってね、そんないい加減な人生がたぶん本気を呼び覚ませるのかもってね。

くるま

月曜日, 6 月 21st, 2010

いまちょっと気持ち悪い。精神的じゃなくて、肉体的に暑過ぎて部屋が茹だるような暑さのなかで煮えたぎるように気持悪い。というのは当然のことだけど、夏の始まりというのは何歳になってもロマンチックであるに決まっている。これだけ暑いにも関わらず、珈琲というのは一度沸騰した熱湯を作らないといけないというジレンマがあって、しょうがないからそのまま熱い珈琲を飲んでやる。最近はよく電車のなかで夢を見る。たった10分そこらかの移動時間によくも器用に夢を見るものだなと思うのだけど、それくらいの夢うつつの中途半端な時間のほうが夢を見てしまうのかもしれないし、そえにつけても疲れているかもしれないが、それでも器用に降りるべき駅に来るとちゃんと起きるのだ。これはどうも不思議で、ぼくはこれまで目覚まし時計というものが苦手で信用できないから、目覚ましは無いのだけど、時々携帯電話のアラームをセットしてもそのセットした5分くらい前にちゃんと起きてしまう。というか、おそらく自分の体内時計のほうが信用できるとでも思っているのだろうか。ということでぼくは何かにつけて物に信用がおけてない。

暮らし

月曜日, 6 月 21st, 2010

名前は知っているけれど、実際には知らないという街に行くということは、きっと知っているという言葉の多重生を考えるうえでとても有効なのではないかと思う。というのは、きっとぼくたちが知っているという言語を様々なレベルで使いわけながら生きているわけで、それも当たり前のことなのだけど、すべての言葉の示された意味の内容においては文脈によって左右されるわけで、その文脈というものが言葉を読み解く主体者によってどんどん変化していくことも当たり前のことながら、その功罪というのはインターネットにも一理あったりするというのがぼくの考え方で。というのは、googleはありとらゆる情報を検索という文字入力によって得ることができる反面、言語でなければ検索できないという不便さも持ち合わせていて、なので最近は音声検索とか打開策もできているのだけど、当たり前なのだけど、そえれも情報の一種であることにはかわりなくて、情報でさらなる情報を引き出すという一種の装置であって、だからなんなのかは分からないけれど、ぼくたちは一種の錯乱状態に陥っているにも関わらず、その状態であることも知らされずに生きている。つまり、すべての事物のレベルを統一しながら語ることは不可能であるので、哲学という現場においてはレベルの限定によってまたは文脈の限定化においてのみ語り始めることが可能である。ということを考えると、ぼくたちは理解そして納得できるという物語というものは、もう存在しえないのではないかという思いによってのみ、さあ生きてみようかなという決断ができるような気がする。

今日は千葉まで行った

日曜日, 6 月 20th, 2010

ぼくが何でこんな奇妙な文章を書いているのかということは、かなりの部分で自動記述的に書きなぐっているのだ。その自分自身でかいた文章にみごとに自分自身を放り込んで、飲まれてこんでしまうことで、今の自分を越えようとする営みなのかもしれない。なので、あとで読み直すと意味が分からないことが結構多いのだ。それはそれでいいと思うし、理論や解説を求める場でもないと思うので、そのあたりはご愛嬌といった感じだろうか。それよりも意味の通じないへんてこりんな言語から新しい生きる糧を掴み取るほうが先決なのだ。ということでぼくはいつだってとんでもない用法によって言葉を紡ぎ出しながら、言霊を操作しているのかもしれない。そういった言語をひとつの意識ある主体として付き合いながらやや距離を置いたところで俯瞰しながらも、そこに飲み込まれつつあるという状態なのだとお思うことにする。哲学は計画でしかなく、その効果は歴然として判然とはしていないという歴史的な要請によってぼくたちはきっと生きることを予言されている。さらにいえば、死ぬ5秒前に一体ぼくらは何をしようとするかとうことだろう、それはきっと誰に気付かれないままに死んでいくのかもしれない。果たしてこの人生にぼくは何をするのかということを考える限りにおいては、犯罪さえも自由なのであるが、それは罪の償いと謝罪と後悔の念という途方もないエネルギ−を背負わないといけなくなる。どこまで説明すれば説明したと言えるかという命題に対して結論は出すことはしないほうがいい。いつまでも未回答という不利な状況を受け入れるべきだ。現代においては境界が大きな問題となっていることは明白のことだが、その原因として財産の私有化制度導入が大きいとぼくは思っている。

間違いを侵しつつも分かっているよっていいながら全然違う

土曜日, 6 月 19th, 2010

ぼくは単なるロマンチストなのかもしれない。と思ったのだけど、その単なるっていうのがどうにも気になっているので、単なるだけじゃないんじゃないかと思った。ぼくが今日寝坊した時に待たせてしまったそのひとは、泣いていたそうで、ぼくが原因で泣いていたわけではないのだけど、なんだか可愛いなと思う節もある。それはきっと危ないことの始まりかもしれないが、ふと知れずに引き摺り込まれない限りは放ったらかしにしたい。ということで今日も時間がないままに終わってしまい少し悔しい気分なのだけど、それでも明日がある限りにおいては、まだ救いようのあるような人生かもしれないと思うしかほかない。ということで明日は千葉へ撮影に向かうのだけど、この調子だときっと雨だろうと思うとやや心配でもあるのだけど、正解なんて存在しないこの世の中で生きていくためには、たぶん滅茶苦茶な回答をしないといけないような予感と気分を持ち合わせているから大丈夫。間違っていることを正しいのだという屁理屈を言う大人が好きだ、きっと。正しい人が正しいとは限らないということは、間違いなくぼくはそうだと思う。議論なんてまっとうにできないくらいに、道を踏み外してしまったような次元で言葉を拾ってこれれでばたぶん幸せかもしれないのだど、それはそれでとても危険でもある。その回答を一次的に判断できるのは、コンテクストという日本語でいうところの文脈とどの次元で物事を語るかというフレームだけしかないと思う。それはきっと正しい。だけど、その正しいところにずっといるのかどうか、間違いを侵しつつも分かっているよっていいながら全然違うことをしてやろうと企んでいる馬鹿なひとのほうがぼくはずっと可愛いと思う。