Archive for 11 月, 2008

そうゆうことを「言い出す」のが芸術

日曜日, 11 月 30th, 2008

横浜トリエンナーレの最終日。朝から電車で向かうがやや眠く珈琲でがつんと目覚めたのだけれど、ややまだ眠くBank ART NYKから見る。倉庫のヘルマン・ニッチの作品はやっぱりイベントをやって欲しかったなあと思うのにつきて、アブラモビッチの作品も是非こうゆうのはイベントにして欲しいなあ彫刻だけじゃ、やっぱり体験として薄いなあと思いつつ。受付の女の子ににっこり、ボランティアのおじさんが椅子で寝ているを笑ってみていた。歩いて、赤レンガ倉庫まで行くがやたら戦後の行為芸術だとかいう資料展示が良くなくて、やや幻滅しつつ、3Fでリクリットの作品を見ようとしても、閉鎖中で見れず憤慨し、外へ出るとパルコ木下がゲリラパフォーマンスをやっていて、寒空の中で挨拶し、新港ピアへ。

ああ、やっとトリエンナーレらしいなと思うような会場へ来れて安心し、入り口付近のヨナタン・メーゼの作品が良くて良くてまあ良かった。天井が高いのが良いのだということが分かって。赤レンガはそうか天井が低すぎて、圧迫感があるんだなと理解できた。マイク・ケリーやメキシコのペドロ・レイエスという作家が面白かった。ああそうか、作品からタイムクレヴァスかということは全体として思えては来なかったけれど、なんとなくトリエンナーレという体験はややタイムクレヴァスなのだなということを思った。やっぱり横浜なんだろうし、渋谷をほっつき歩いている風俗嬢や若者なんか関係ないわ!と思って生きているのかもしれないけれど、それもクレヴァスなのかなと思ったし。それはいつだって課せられている課題なのかもしれないなとふと思うこともあるのだけれど、転換期という意味でクレヴァスになればと思っているのは僕だけじゃないだろうとも思う。ぼくはいつだって、チャンスだ!と思ってしまう癖があって、何事で起こるとすぐにこれは!チャンスだと思うのだ。そう、未来は未定なのだからチャンスと思わない手は無い訳で。明日、共産革命が起こったしてもたぶん、これは!と思ってしまうんだろう。そうゆう思考の流れというか捉え方というのは、なんだか、アートにとってとっても必要なのだと思うし、明日はもう駄目だ!というのはアートになるかならないかは良くしならないけれど、だって!そうだ!と思いたつその姿というか、不幸だって明日は分からないよ言うのがアートなのかもしれない。いつだって無責任に決め込んでいるアートだけれども、それなりに覚悟と勇気もいること並大抵ではできないんだろうと、冷ややかな視線で考えた。どれだけ悲惨な状況だって終わりがあるわけで、そうゆうことを「言い出す」のが芸術だと僕は思いたい。

今回、パフォーマンスがトリエンナーレの中なかで重要な要素になっていると良く言われていたけれど、ぼくはどうもそれはいただけないと思う。あんまり重要でもなんでもなかった。

会場の三渓園は残念ながら、時間がなく行く事ができなかった。やっぱりチケットは2日券で良いのかもしれないが、最終日はもうあとがないので一日券で良くないかとも思う。

なんでファミレスで一年中同じメニューを出さないと行けないのか

土曜日, 11 月 29th, 2008

負の可能性なんていうことを考えていたら、鎖国というイメージが浮かんだ。というか5年くらい前からそんなことを心の底でにわかに考えていて、話していた時期もあった。それで先日もすこしそんなことを思い浮かべて話をした。なんだかぼくは、如何に人間が弱い立場になって弱まっていく状態になっていくときに負の力を蓄えているんじゃないかと負の可能性を信じてしまう。なんだかそれと繋がって鎖国という自閉症的な最終手段でいわば、みずから自分を追い込んでしまえという考えになってしまう。そう、国際交流反対!インターネット反対!貿易反対!なんていうフレーズはただのキャッチフレーズにしか過ぎないのだけど、追い込むこと何もできない状態に持っていくことをなんなく漠然と考えている。もちろん、二段階革命という共産党が目論んでいるやつなのだけど、その鎖国自体が目的なのではないのだけど、そこでなんだか爆発的な原動力が得られるじゃないかという考えなわけ。やや現実味はないのだけど、アイデアの段階でちょっと面白いかもなというだけ。時代にも逆行し、なんの現実的な役割も果たさない単なる自閉がなんなのか、たぶん今の時代なんの役にたたないので、実現しないだろうけれど、例えば、なんでファミレスで一年中同じメニューを出さないと行けないのか考えてみても分かるように、そうなんだ。そうゆうことです。

ナイヤガラの滝の絵

水曜日, 11 月 26th, 2008

カナダのトロントの助成金が取れたと連絡があって、ああよかったなと返信する。それに加えて、新しいプロジェクト構想をメールしてみる。それに加えて松尾君をヴィデオ記録アシスタントとして連れていけないかと問い合わせてみる。とりあえず、うまく行っているので安心。構想からもう1年半くらいもたったので、楽しみ。最近はやや力み過ぎなので、ちょいと疲れてがでるのだと思うけれど、ひとつひとつ丁寧にこなしていきたいと考えていて、カナダの件もずっと昔にプロジェクトの打ち合わせをしただけなので、いまどんな風に考えているのかもういちど更新しないと行けないと思うところで、年の瀬が近づく日本で。ああああと歌う。

そうそうこやってやれば、世界は変わるかもよ

月曜日, 11 月 24th, 2008

朝起きて、洗濯をして、NHKで再放送の爆笑問題のにっぽんの教養-京都大学スペシャルを1時間くらい見て、ほうそうかそうか面白いこと言っているのだなあ、物事の限界のことについて、つまり最近話題になる「フレーム/枠組み」のことについて考えているのだなあと思った。やるなと。そうそう、昨日の慶応義塾大学でのレクチャーで某キュレーターも言ってたけれど、「考えるな立ち止まるな何も言うな、さっさとやれ」という状況がとても多いことを嘆いていたのが印象的、希望としてはそれを打ち破るのがアートであって欲しいものである。で、それと同じことを爆笑問題も言っているのだなあと感じていた、教授たちにはボロボロ言われていたけれど、オーディエンスの後押しもあって白熱していて面白かった。なんだか芸術談義を聞いているかのような気分でもあった、そうよのなか簡単に限界が見つかるというか、あってでもそれはあまりにも見ないように教育されてきた。だけれども、世界はそうじゃないというひとたちも沢山いて、アートだとか政治だとか革命だとかやろうと必死になって、いろんな作品だとか政策だとか革命論理だとかを作って、そうそうこやってやれば、世界は変わるかもよ(?)という可能性を見せるうちに終わってしまうのが、人生であって、でもそれを知りながらも、そうもしてられないと焦るのがアーティストなのかもしれない。昔、大学時代に教授に芸術の限界のことを話していたら、怒られたけれど、やっぱり限界というのをもう少しちゃんと考えないといけないんじゃないかと思う。それは何も悲観的に言っているんじゃなくて、それを乗り越える為に、対象にしているだけの話であって、じつは結構大切だと思うし、いまの現代美術はほとんどいかに対象にできるかということを追求しているんじゃないかとおも思う。今日はThe B-52’sのPrivate Idahoを聞きながら。

寒くなってきて効率も落ちます

木曜日, 11 月 20th, 2008

写真のネガポジのスキャン作業がとんでもなく時間がかかるので、どうにもこうにも大変である。また5%も終わっていないんだろうと思うを気が遠い。2003年頃からのすべての写真のスキャニングをしようと試みているのだけれど、印刷にまわせるサイズにしようと思い、それなりのサイズでスキャンするのはやはり労力がいる。いまから試作するのは、実はアーティストブックでドイツ語と英語と日本語で翻訳した試作品を作って、出版社へプレゼンに行こうと思っているが。いつできるんだろうと思うが、今年の夏までには終わらせたいなとなんとなく思う。また写真もそれまでに増えてしまいそうで困る。できれば、同時に執筆と翻訳作業もしておきたいところだけど、そんなのあまりにも贅沢でまだまだほど遠い。まあいいか、今年は良いことも沢山あったし、できることは来年に持ち越しになりそうだけど、楽しみが沢山あるので良いとしましょう。

クライネヒュッテのアイスバインとドイツビール

水曜日, 11 月 19th, 2008

夜。ドイツ居酒屋のクライネヒュッテで飲む。アイスバインにシュニッテェルやドイツビールを浴びるように飲む。といってもあまり飲めないのですぐに酔っぱらう。大きな樽のようなグラスに蓋付きでやってくるビールに乾杯して、アーティスト会議の様相になる。自分はいままさに肩に力が入っていて、何事にも気合いが満ちあふれていて良いのだけど、ただとてもストレスも感じていて、良く言えば緊張感を持っているのだけど、ただ良く眠っているのだ。生活の変化を起こそうとして、革命を起こそうとやっきになっていて、アマゾンで洋書なんて買ったりして勉強に励んでいるというか状況の分析をしているのだ。もちろん不安もたくさんあるのだけど、自分の場合は最初の目標設定でとても大きなことを言っておいた方が良くて、なんでかというと、他人に話してしまったことは実現しないといけないと思う責任を感じてしまうからで、それにとてもぼくは責任を感じている。それは作品についてもそうなのだということを一層肝に命じていく次第である。

今まさにということがとても現実のこととして捉えられていて、酔っぱらうとやたらに元気になる。酔っぱらうとどうなるかというのは、自分のひとつのバロメーターであって、酔っぱらってどんどん落ち込んでいけば、ああ自分はいまとても不安で落ち込んでいるのだなあと思うし、元気になればああぼくは頑張りどきなのだなと良く分かる。いま気合いが入りすぎていると言われるのだけど、それをバネにして頑張ろうと思う。だっていつ頑張るのか見極めないといつだって、やることも進めることもできない。ぼくはどうしたって、何か物事を実現できないと躍起になってしまうのだ。

整理整頓および心を鎮める作業でいっぱいいっぱい

日曜日, 11 月 16th, 2008

なんだかんだで良く話しをするようになった近所のコンビニのおばちゃんと買い物の帰りで駅まで一緒に行く事になる。いつも彼女に仕事をやっているの?と何回も聞かれているのだけど、その都度適当にかわしていたけれど、今日は「ぼくは芸術家なんです」と言ってみる。えー鶴太郎みたいなの?と言われてまあそうですねぇぇぇぇと答える。駅まですぐなのでまた最終的にはかわしつつ、電車で六本木まで。おばぁちゃんにもどこ行くのと聞かれて。六本木と答えると「あ、やっぱり」と言われる。何もやっぱりじゃないのだけど、へへへと笑って去る。

夕方、大学の同級生の恩田君が写真を届けに家までわざわざやって来てくれる。さすがにありがたい協力者に恵まれたものだと、珈琲でもお出しして、ちょっと雑談というか近状報告。ギャラリーの話とか今後の活動方法のやりとりで30分程度。最後、恩田くんは鞄を忘れていったので、慌てて戻ってきた。

アルバイトを辞めてから約3ヶ月良くもここまで何の貯蓄も無しでやってこれたなと思いつつ、それに付けても次の方針が固まりつつあって良かった。見えない未来というのは見え難いから怖いのだと思った。年末まであと少しだけれど、整理整頓および心を鎮める作業でいっぱいいっぱいであろうと思っている。

これは何でしょう

土曜日, 11 月 15th, 2008

http://spysee.jp/

人名の繋がり検索というのがあって、ちょっと見てみると自分もいつのかにか登録されていて「現代美術家」のカテゴリーに知らない間に登録されていた。というか自動にweb上にある情報を調査して登録してくらしいが、最後はやっぱり手作業なんじゃ無いかと思うとびっくりする。知らない間にこうゆうふうに登録されていてるのに、すごい何だろうこれはと思ってしまった。自分の顔写真やプロフィールなんてどうやって選択しているんだろうか。やや可笑しいところもあるけれど、かなりの精度であるんだなあと思った。というのは、おそらく僕のことを全くしらない人がこうゆうことを作っているんだろうけれど、よくもまあ多摩美術大学卒業で現代美術で主にパフォーマンスだなんて分かるもんだ知らない人が。どこかの情報をちゃんと調査しないといけない。というか、技術の進歩というか神秘と言っていいようなことに驚いた。この違和感はかなり面白い。よくも悪くも。

今日はいい日だったんだと言いたい

土曜日, 11 月 15th, 2008

遅く起きた日だけれど、すぐに身支度をしてやや遅れ気味だがプリント40枚を印刷をしつつ一本電車に遅れるが平常心を保ちつつ電車へ。高田馬場で乗り換えるが、今日は珈琲もいいかと思う、スルーして、秋のプラットフォームで佇む。

午後3時。某ギャラリーでの打ち合わせというかほぼ僕の身の上相談のような様相が3時間ほど。本当に親身にいろいろ話を聞いてくれてこんなに優しい人は初めなんじゃないかと思えてくる。こんなギャラリストは初めてだと思った。というか今迄お会いした人とはぼくは上手に話をすることができなかったけれど、なんだか今回はすらすら思っていることがなんでも出てくるし、素直に話ができるという相手なのでぼくにとってはとても新鮮であって。決意を新たにますます決意に燃えていきますと言いたい。ぼくのこれまでのやって来たことや考えていたことを素直に話て、素直に返答が来るし、それに対して苦言を言うでもなく、人間性というのかそんなことで締めくくるのもどうか思うけれど、現代美術のギャラリーであってもはやり人間性がうまいこと折り合いが着かないとやっていけないんだなとつくづく思ってしまう。それに、やっぱり現代美術を言ってもそれぞれの思っている現代美術というのがあって、それをやはりいろんなものに投影して見ているんだなというごく単純なことを思う。やはり今日はいい日だったんだと言いたい。あっと言う間にお茶を2杯だけのんでオフィスで3時間もあーでもないこーでもないと3時間。しっかりと宿題まで出た。

ビルを出るともう暗くなっていて、近所のラーメンやで早めに美味しそうなつけ麺を珍しく食べて、その後新代田へ。午後9時。四谷アートスティディウムでも教えているエレナさんのお家が今日、アートスペースとしてオープンするそうで、そのパーティーに参加する。なんかだかやや高揚気味でよれよれ、お酒も飲んでいないのに酔っぱらい気味で、到着。夜の環八が異様に奇麗に見えた。到着してもまだ4-5人しか来ていないくて、やや雑談気味でやっぱりアーティストが多く。これからの自分の新たな決意やパフォーマンスやお金のことを勢い余って話す。人が増えてきて、やや混雑して来て、なんだかよく分からなくなってきて、それでも勢い余って初対面の人にこれからどうやって生きていくのか問う次第になる。癖なのか、自分の考えていることをすぐに人に聞くようになる。それでもとても面白い人たちが居て、また会おうということになんだかなって、気づくともう11:30終電も近くなり、急いで小田急に乗って新宿へ。

やっぱり、決意を新たに、益々決意に燃えて。活動を続けたい。じつはややこれから作品制作やそれに関連することの自分におけるパラダイムシフトを起こそうと思っている。大それたことではないが、ぼくにとっては大変な変化となる予定。なんだかやはり、今日はいい日だったんだと言いたい。宿題もやろう。

熱烈歓迎!何とか何とか!

土曜日, 11 月 8th, 2008

面白い集合写真が送られてきた。この写真は中国の成都だ。何かと中国はこうゆうことが好きなようだ、ホテルでも「熱烈歓迎!何とか何とか!!!!」見たいな赤い横断幕を良く見かけていたのだ。そうそう、本当に熱烈なのだ。熱烈という言葉。東京に住んでいるとなんだか忘れてしまいそうな、この言葉。そう、この写真をアップロードしたいが為にこの日記を書いた。個展の内容の構想をたてつつ、蓄膿症になりかけた鼻で耳鼻科に行って今日が終わった。

明日は、江ノ島に行ってきまーす。内容はアーティストミーティングですが非公開です。また後日お知らせするかと思います。

[2008] 多摩美術大学をぴかぴかぴかにする

水曜日, 11 月 5th, 2008

パフォーマンス 2008
およそ30分間にわたり多摩美術大学校舎内のすべての電灯を5秒間隔で点滅させるというもので、約200名の学生ボランティアとの協力のもとで実現した。教室・研究室・廊下・街路灯・野外時計などほぼ全域の明りを一時的に点滅させ。大勢のボランティアスタッフとの共同体験を通して、一瞬にして消え去る“点滅現象”をかけがえのない生の悦びに変換する試み。最終的には、5秒単位を無視したオリジナリティー溢れる学生の教室点滅が見られた。

“Make Tama Art University PIKAPIKAPIKA” Performance 2008
We will make all lights in Tama University of Arts blinked for about 30 minutes. 30 minutes of
the repetition of lighting and turning off are to remain without fail in the memory. Moreover,
this project was planned with a lot of art students help to re-concern our university. Also this
project will realize only by the radical of the cooperation of a lot of students and parties
concerned. 300 volunteer staff are recruited for this project implementation. We now call for
volunteer staff of video and still camera crew.

[2008] 1元であなたの息を買い取ります、誰かの息も1元で売ります

水曜日, 11 月 5th, 2008

パフォーマンス 2008 中国
観客に1元であなたの息を買い取ると宣言し、息をビニル袋にパックしてもらい、1元を渡す。また、その息も誰か欲しい人に一元で売ると宣言する。やりとりの媒体として役割を演じて、積極的に観客を誘導することを模索した。かわいい女の子の息を売る時には、自然とオークションまで生まれた。最後、ぼくの息を購入したい学生が殺到した。

“I buy your breath for 1RMB and I sell you someone’s breath for
1RMB” Performance 2008, China
I ask audience to sell me your breath for 1RMB (Chinese currency) and I sell others their breath
for 1RMB. As function, I exchange their breath for money. People usually hope to have
relationship with others. Niwa explore  the process how relationship with others make in the
community. During performance so many students and young people came with 1RMB bill to
get someone’s breath.

[2008] 野菜との思い出

水曜日, 11 月 5th, 2008

パフォーマンス 2008 中国
現地で簡単に購入できる野菜と共に、記念撮影を催す。観客一人一人に協力してもらい、36枚の記念撮影を撮っていく。パフォーマンス終了後、この写真からポスターを作成し、参加してもらった人々へ国際郵便を使って送り返す。一度きりの出会いの中から、どのような関係を生んでいけるのか、模索することから始まった。簡単に手に入る野菜は珍しくもなんともないが、そのどこにでもある物が思い出として深く刻み込まれることを望んでいる

“A memory with vegetable” Performance 2008, China
Making instant photograph with audience one by one, also ask audience to take vegetable.
After the performance, these photograph will be big printed poster. Send to participated
audience by air mail. In this project, Niwa try to explore how we can get relation with local
people and what’s important for memory. For audience, vegetable means their life and easy to
get, then it’s not curios things but also it will become special memory.

[2008] 50羽の鳩に帽子を贈る

水曜日, 11 月 5th, 2008

ヴィデオ 2008
路上で鳩に小さなフェルトの帽子を鳩にプレゼントする。人間の傲慢にも見えるこの行為を通して自分と言葉の通じない相手へのアプローチ方法を模索する。鳩という都会にくらす人間に近い存在の彼らに何をやってあげられるのか。このような事態は人間と動物との関係だけではなく、政治や主義主張を議論する場でもよく起こるのではないかと考えから始まっている

“Give hats to 50 pigeons”  Performance for video 2008, Tokyo
Present hats to pigeons in the street, it looks very selfish behavior for human beings. Niwa
explores how we have a relation ship with others using animal kingdom. It means metaphor of
others who cannot have a relation with us. Through selfish behavior, we get to know and
rethink what we do to others. Kindness things for myself, sometimes it may becomes just
selfish things for others. It can happen everywhere in other world not only between human and
animals. Our history we have made, it would just from one someone’s eye. For the future we
have to solve these problems with not only Decision by majority or Global capitalism but also
new ways. Niwa explores problems of coexistence..

[2008] 多摩美術大学をぴかぴかぴかにする

水曜日, 11 月 5th, 2008

Make Tama Art University PIKAPIKAPIKAPIKA, 2008 from yoshinoriniwa on Vimeo.

なんだかんだで大成功

月曜日, 11 月 3rd, 2008

始まってしまえば、大変な騒ぎであった。今回の「多摩美術大学をぴかぴかぴかにする」は本番のパフォーマンスでぼくは何もしないという初めての試みであったので、大変心配もしていたのだけど、始まってしまえば、学生達の好意的な協力で大成功のうちに無事終わる事ができました。最後まですれすれの交渉や3分前までボランティアの指示だしなどで駈けずり回っていたのだけど、なんとか成功!5秒間隔でオン/オフというのも飛び越えて、オリジナリティー溢れるぴかぴかが見られることができて感無量です。協力して頂いた学生及びボランティアの皆様には感謝の気持ちで一杯であります。嬉しくもこのプロジェクトの為に、様々な人々も多摩美に来てくださって嬉しい限りです。ギャラリー関係者の方も見えて、最後終了間際でほぼ見逃してしまったようですが、最後の打ち上げでお話できてよかった。コミュニケーション能力がないとこのようなプロジェクトはできないという言葉などが心に滲みつつ、やあやっぱり心良い記録スタッフを含めたスタッフのおかげであるなと実感する。なんだかんだで半年程度かけて企画を練ったは良かった。

なんだか、いつものパフォーマンスよりも違った印象でとても新鮮であって、いつもとは違った部分が疲れたような気がしている。丹羽君は今のままギャラリーに所属しないでやっているほうが似合っているかもと言われたのもなんだか印象的でもあった。ああそれでもいいのだという決断で突き進むのもかっこ良いのかもしれないと思ってしまうのだった。今日はなんだかあっという間に時間が過ぎて様々な人たちと本当に名前も覚えられないくらい沢山の人に合って、なんだか電灯を点滅させるだけのちょっとしたことを一生懸命になって動いている姿はなんだか面白かった。今後、国際的展開できたら面白いだろうなと思う。

記録写真と映像のドキュメントを作るのには少し時間がかかるけれど、どこかで機会ができたら良いなと思っておりますので、その時はまたよろしくお願いいたします。今日は本当に疲れてしまったので、もう休みます。では。

プロジェクト終了後直後ぐったり photograph by 山本曜子

たのしい交渉術

土曜日, 11 月 1st, 2008

言い訳は無限にあるわけで。どこが引き際なのかという判断がおおいに重要になってくると思った。「もしものこと」という想定は無限にありえるから、その可能性をできるだけ少なくしておきたいというマイナスな思考が日本でまあどうにかなるだろう、何か起こったらそんときね!というのが中国で。その点勉強になったんだと思う。どこにでもあるようなトラブルというのは世界中どこでもあるのだけど、日本特有の問題はやっぱり「最初からマイナスで考える」ことにあるんだろうと思う。何かしようとすると、何かあったらどうする?誰が責任を取る?なんとなく最初から最悪の想定を目前に置いておいてから話が始まる。それに慣れてしまっているのだけど、こうやって海外にちょいと出ていていきなり、そうゆう目に遭うとその違いがハッキリする。誤解されないように言っておけば、ぼくの主張をすべて通すというのが一番ベストではないと思っていて、そのやり取りの中から一番良い策を生み出そうとする動きこそ一番面白いのだと思うのだど、まだまだその域まではまだなんだろう。相手も一方的であるし、それなりになんとなく正しいような言い訳を付け加えてくる。そこで、観客にもしものことがあれば、どうする?最高の殺し文句だ。何もできないだろう、そんなことを言われたら、でもそこでそのもしもの事を考え過ぎるのは、本当に正しいのだろうかと言う問題もあって、ぼくはそこにポイントを置きたいのだ。しかも、その問題は街灯を30分消すといっただけのことなのだ。もちろん、その他の電球は付いているし、街路灯が30分消えるだけで何が起こるのか。しかも、その言い訳は、起こっても起こらなくても言えることで、ぼくはその返答に「絶対に起こりません」とは言えない訳であって、羽交い締めである。それでいいのか。

中国のタクシーに乗った時の写真が何故が送られてきた。

夜に警備員とコンビニで青学の学生と

土曜日, 11 月 1st, 2008

宅急便の発送と入金作業だけして、そそくさ多摩美へ行く。今日は例のリハーサルがあるので、遅れないように準備したい。もうここまで来たらほぼやることは限られてくるので、あとは皆を信じるのみしかないので、ぼんやりと多摩美を眺める。スウェーデンのアートセンターディレクターも東京に到着しているようで、よかった。北京で会って東京でも会えるのは嬉しい限りだ。それに多摩美の警備員のおっちゃんが未だに僕の事覚えてくれていて、便所ですれ違った時話しかけてきてくれて、驚いた。もう3年も4年も経っているんだが、変わらないんだろうなと。それに昨日の帰りのコンビニで近所に住んでいる青学の学生に話しかけれて、やや雑談する。突然話しかけて対応できる人は人が出来ている証拠だと言われ、やや調子に乗ってしまうが、諦めず苦笑いで誤摩化す。間違ってはいないとは思うし、そうであって欲しいと望むばかりである。

やや暗くなってきて明日のイベントが楽しくなってきた時間だ。明日皆様のご来場お待ちしております。会場が分かりづらくなっておりますが、多摩美術大学上野毛キャンパス全体が会場になっております。また、丹羽とコンタクトを取りたい方は3号館鏡の間までお越し下さい。お待ちしております。