Archive for 12 月, 2008

世界が狭過ぎるのだなあという月並みな感想以外なくて困る

月曜日, 12 月 29th, 2008

寝不足なので、やや遅い起床になりつつ、昼過ぎに写真部の打ち合わせを自宅で行い、そのあとで友人のウェブサイトのデザインの仕事をして、そのあとで遅れ気味で友人の劇団の忘年会に参加するが、携帯電話が止まっている+場所を忘れたので四苦八苦しながら路頭に迷う。運よく電話がなり素早く取って助かる。久々に飲んだくれて気持ち悪くなりつつ、ああ皆少し歳を取ったなあとなんとなくそんな感想を持って帰る。帰り道、寒くて凍える寒さでコンビニに立ち寄るが所持金が100円もないのでなにも出来ずそのまま帰る。明日は少し入金があるはずなので助かる。今日は、篠原涼子のTKミュージックを沢山聴いた。

偶然にも演劇をやっている高校時代の同級生と電話ができて、なんとなく感激しつつ奇遇だなあとというか世界が狭過ぎるのだなあという月並みな感想以外なくて困る。やや名古屋弁にもなりつつ、話をするのだが時間が止まった気分である。なんというか、こうゆうことが起きること自体が歳を取ったいうことなのかという感想だ。歳を取ったというとなにか批判されそうだけれども、なんてこともなくてそんあ悲観的にも考えていなくて、時間の流れは早いものだなあという位にしか思っていなくてまた困る。

最近、出会う人々を見ながら、なんとなく、やや自分はいまの世代の人間ではないのかもしれないと思い小躍り。いつだってピュアでいたいし、そうであるべきだという結論で納得。合掌。

エコ商品を大量消費

金曜日, 12 月 26th, 2008

新宿でタイ料理を食べて、テスト撮影の120のポジを受け取り、その足で五反田へのギャラリーの打ち合わせへ。テストポジとドローイングを見せながら、今後の戦略を打つ。ややぼくの戦略はまだ甘かった。大切なアドバイスをもらって話すこと二時間。案外にも写真もドローイング(新しいのは辞めたほうがいいということになったが)も受けが良かった。ハッピーメリークリスマスと言って可愛いなと思いつつ、奥歯がかなり痛むのでどうにもこうにもできないので、急いで帰宅し近所の歯科医へ。いきなり親知らずだというので、急遽抜く事に。しかも上の親知らずは全部虫歯になりかけているので、年明けにももう2本抜かないといけないということになった。あらま。

相対性理論を聴きながら、ドローイングの作戦を実行に移す事にする。いま作っている作品はどちらとも大掛かりというか、時間のかかる作業ばかりなので、来年の冬迄完成は見られないかもしれないけれど、それだけ大きな作品になることは間違いない。ドローイングといっても222cmの正方形で作る予定であるし、写真も40×50inchのオリジナルプリントシリーズにする予定なので、かなり今迄よりも大きさが違う。こうゆうことかとなんとなく嬉しくもなり小躍り。やっぱり間違ってない、自分が面白いと思うこととどれだけ真剣にできるかということだけで、後は体力だとか気力だとか根気だとかそんな程度かもしれない。

北極星、超新星、流星群にお願いよ!だって!

ブログを更新しなかった理由

金曜日, 12 月 19th, 2008

ここのところ、やけに忙しくそれが一番の理由だけれども、やや2010年までの見通しを一気に立てて、来年どうするか、再来年どうしたいか考えていて、そそくさいろいろと各方面に連絡を取っていたり、ドローイングの制作や写真作品の計画などを建てていて、ややオーバーワーク気味になって昨日は終電を逃して、というか降りるべき駅を通り越して、4駅先まで行ってしまって深夜1時頃暗がりの一本道を歩いて戻ったら2時頃になっていて、さすがに疲れ果てて、起きたらもう9時頃になっていて、もういいや仕事は休もうと思って電話をして、幸いにも職場と仲が良いのでどうも疲れ果てているので、休みたいと言うとすんなり快諾してくれて当日欠勤をしたのだけれども、ああ人生これからだという例のコマーシャルを思い出して正気を取り戻して、週末を迎え撃つべく作業に取りかかった。年の暮れだというのに、まだ今年を締めくくるのにはやや早く宿題も取り残されていて、まだ終わりは見えない。今年は何故か年賀状を出したいと思うのは、例年にないことなので、これは!と思うことにした。

「ほら、あなたの目に私が映る」と歌っているじゃないか。できれば、年明け頃までにアプリケーションを3つを完成させたいのだけれど、間に合うかどうか瀬戸際で。来年も忙しいには変わりないので、嬉しさ半分気合いを入れつつ、珈琲を4杯飲む。重要なのは2010年なのかもしれない。

嘘つきというか、言い訳というのかそういう技術

火曜日, 12 月 2nd, 2008

今夜はボルガで一杯飲んで、鶴亀食堂で元気丼を食べた。同じ曲が違う曲に聴こえる瞬間を待っていた。坂口安吾の堕落論を読み返してみて、さらに鎖国についてもう少し調べようと思い立つ。コンセプチュアルでもなんでもないおそらく元々持っていた感覚といったほうが正確だと思われる思考を基に考えてみる。よく考えてみれば、考えてみるなんて、何の事なのか良くわからない。ぼくには筋道などとうの昔から無かったんだと気づいた。築いた。これをなんと言うのかやや四苦八苦なのだが、おそらく元来人間が持っていた技術というか感覚というか物真似の技術というか、嘘つきというか、言い訳というのかそういう技術に近いのかもしれない。何か気になる事柄について、自己欺瞞的に覚束ない口元で達者に言ってそれを何ものかの他の物体で現実に結実するということ。

なんとなく今日はそういうことを考えた。面白い発見に繋がりそうである。