Archive for 1 月, 2009

足がもげても走ってやりたい気分である

金曜日, 1 月 30th, 2009

EASTWESTに4×5のネガポジ現像とベタ焼きを取りに行く代官山。びっくりする程のフィルムの奇麗さにうっとりしながらも、まだまだなあという感じになって当たり前だよと思う。そうなんだ、それだけ面白いことが始まっているんだなあと思う。なんだか今年はこれまでとは違って手広くいろいろ作業に取り組んでいるんだなと知らない間に自分も成長できているんだなと思うことにした。これまではパフォーマンスとしか認識されてなかったけれど、現代美術としてやっていくにはどうもドローイングも写真もヴィデオもパフォーマンスもやるんだということになって、いつのまにかそうなっていて、なんだかとても面白いのでそれで良いかと思う。そろそろさすがに30歳までには自立してやるぞという目標がなんだか目前に迫ってきて、そして、その目標もまんざら不可能でもなさそうだなというタカを括っているのか、といってもそれだけ努力しているだなと自分のことを思った。ほぼ1/12年が終わりそうな感想としては、やや上がり気味で良いぞ。爆音で音楽を聴きながら、足がもげても走ってやりたい気分である。

スキャナを売ってしまったので、ドローイングの公開は一時休止である。

豚肩ロースとニンニクの芽と豆腐でちゃんぷるを作った

木曜日, 1 月 29th, 2009

(c) yoshinori niwa

それに味噌汁に白菜とワカメを入れた。それに先日作ったリンゴ酢をお湯で薄めて飲んだ。それに、明日は4×5の現像が上がってくるので15000円払わないといけない。急遽部屋の荷物を捨てたり売ったりして、やや整理整頓をしているのだけども、まだまだ進まないばかりで夜になってしまった。ほんとうは作品のデータ管理をもっとやりたいのだけど、そのまえにどうしても音楽を聴いてしまって、進まなかった。今日は、44cm各の紙を作って、ドローイングの試作を試みてもみた。まだ特注の紙が届かないのでのんびりと進めるしかないのだ。

やや本当に悔しいのだ

水曜日, 1 月 28th, 2009

(c) yoshinori niwa

(c) yoshinori niwa

夜、ひとりで音楽を聴きながらなんだか、そうなんだろうなあという想像ばかりしている。代々木の松尾君の家で最後にポラロイドで撮影したのは、松尾君と曜子ちゃんのポートレイトだったので、そんなことを考えるあまりに頭から離れなくて困っている。とてもいますぐに、いつだって本当にいますぐに走り抜けて何もかも見えたさと言いたいのだけど、それもできないでひたすら、彼方此方見渡しているような感じでなにかつっかえていて、やや気分が塞ぎ気味である。だけれども、身体はいたって健康で今年は風邪もひかないで、できそうになった霜焼けもいまのところ回避できているし、この寒さにもやや慣れたんじゃないかと明日こそは薄着をするぞとなにか根拠のないやる気だって出したりしてみるもんだけど、やや精神的にまいっているんじゃないかと勝手に考えているから、そうなのかもしれない。やや本当に悔しいのだ。ガラスでも割ってしまえばすっきりするのかもしれないのだけど、そんな事しったってしょうがないと思ってしまう自分がいます。だからと言って本当に割ればいいのかというとそうでもないと最終的に思う。最終的に何を思って、何を人に伝えて、何を行動するのかということで何か引っかかりがあるのかもしれない。良く、大人の男は多くを語らないというひとが美徳とされていることがあるけれど、そんなことないなと思ったりもするので、たぶんそうじゃないかもしれない。一方、写真の撮影のほうはいうと、案外トントン拍子でうまくいっていて、これはいいんじゃないかと手応えと小躍りを披露する。返答を期待してしまう程に手紙を書くのは、とても怖くて辛いんじゃないかと思ってしまう。くやしいのだ。

テスト

日曜日, 1 月 25th, 2009

(c) yoshinori niwa

(c) yoshinori niwa

今日は4×5を30カット撮影。うえはテストのポラロイド。

愛おしくも水平もとれぬまま駆け抜ける人生なんだ

日曜日, 1 月 25th, 2009

(c) yoshinori niwa

(c) yoshinori niwa

今日は期限切れのポラロイドで4×5カメラのテスト。どんだけ下手なんだろうかと思う程に楽しくなってくる。上の写真は恩田君が撮影した丹羽君で下のは丹羽君が撮影した恩田君です。ピントが合っていなかったり、水平が全然分かってなかったりで四苦八苦。だって、カメラを組み立てるのに30分もかかったもん。愛おしくも水平もとれぬまま駆け抜ける人生なんだ。

歯磨きをしながら深夜

土曜日, 1 月 24th, 2009

ふと、考え込む。

そうだ、言い切るのだ

金曜日, 1 月 23rd, 2009

(c) yoshinori niwa

見田宗介の現代社会の理論を読み返していて、大量生産ー大量消費の背景に大量採取と大量廃棄が雲隠れしているのを良く理解したし、その大量生産ー大量消費の無限幻想がいかにいまの社会に迎合されていて、そのように社会が出来上がっているのかまざまざと見せられた。ぼくにとっては、資本主義社会の内実がいかに言語によってその成長の限界を突破しようとする、自己目的化する過程が面白くて、いまや新しいものを作ろうとすることは、いかに過去のものが古くさいか説明することが一番簡単であって、いままでそのようになされてきたというのは面白かった。やっぱり言語による社会を操作できるようになっているのがなんともいえない。雨のなか帰ってきて、風呂に入る。今日も「丹羽君は怒らなそうだね」と言われて、ああそうだねあんまり怒らないかなと思って、なんだか前にも言われたような気がするぞと思ってしまった。なので、そろそろやっぱりぼくも怒らないと行けないのだろうなと、堅物なりに言い切ることが大切なんだろうかと思った。そうだ、言い切るのだと。愛している!好きだ!言い切ろうと思う。それがどんなに素敵なことなんだろうと恍惚になる。そうだ、ぼくは怒っております!やっぱりそれによって対立が怒ろうが、何も起こらないよりもいいのかもしれない、とりあえず怒ることかもしれない。昨日も丹羽君の絵は全部、言い切っているのがすごいよ、否定させない感じがすごいよと言われ、小躍り。

あまり怒らないでいるのも、良くはないかもしれない。

ありがとうございますと言われた

木曜日, 1 月 22nd, 2009

(c) yoshinori niwa

今日は久々に取材があって新宿まで出かけたら、2時間くらい話して、そんで写真を70枚くらい撮られたのでなんだか楽しくなって、カメラマンの題府という面白い名前の男の子とと楽しくなってしまって、なんだか爆音で帰ってきてから音楽をかけてご飯を作っていたら、食べ過ぎて胃がもたれ気味。取材というのは、サムワンズガーデンという媒体で、次は2月下旬頃には出るそうな、そんでもってテーマが皆既日食なんですよというのだけど、あまりにも唐突なので何もイメージができずにいたのだけど、写真の撮影が面白くて、初対面なのに、レンズにのめり込むような感じで撮影をしてたのだ。途中で服を脱いでくださいと言われたので、脱いだのだけど、なんだか恥ずかしい感じにもなりつつも、なんだかんだで、面白いんじゃないかと久々に思えたきたので、繰り返しブログに書いている。帰り、ヨドバシで4X5のネガポジとポラロイドを買ったら2万も吹っ飛んだ。あらまと思っている間にお金はなくなんだねとヨドバシカメラの店員を睨んでやったら、ありがとうございますと言われた。こちらこそありがとう。

珈琲を飲んでも深いため息にはならない

水曜日, 1 月 21st, 2009

部屋の中に石膏ボードを5枚を使った壁を作った。なんとも家でないなこれはという感じになった。やっぱりスタジオじゃないんだろうかという感じ。共同体の考えがあたまがから離れないのだけれど、それほど考えも進んでいないで、堂々巡りになった。テレビでオバマとガザ地区のニュースがやっているのを見た。なんとも言えない気分になりながらも、今日のご飯を食べるので精一杯であることには変わりない世界があって、なんとも言えないのだけれど、そこでカクメイだと叫ぶにはまだ早いので、作戦が熟成するまでまだまだなんだろうなと思った。今年がやってきて、初日に思い起こしたのは堅物という言葉であって、なんとなく今年はぼくもいつもとは多少違って、方法も違って、そうなのでやや大変なのだけれども、それもなにも未来への投資だということは確実に分かっているので、珈琲を飲んでも深いため息にはならない。

電車のなかで考えたあれこれはすでに吹き飛んでいったのだけど、いま思い出した

火曜日, 1 月 20th, 2009

六本木のレンタル機材屋のライトアップまで行って、4×5レンタルの申し込みをする。やや駅から遠いのだけど、一本道であってなんだが結構面白いけれど、空気が悪いなここは思いながら夜の六本木を歩いたのだ。着いたら案外事務所みたいな小さなところに小さな受付があって、こんにちはと声をかけると普通にいらっしゃいませと言う。そうか、そうか、そうね4×5を借りたいのですがというとそうね、そうねと案外トントン拍子で簡単に用件が済ませられた、森ビルというところ。帰ると居候の駿くんがシチューを作っててくれてて、ゴロゥもようやく帰ってきて、ワインとシチューを頂く、昨日も今日も美味しいご飯を皆で食べるというのがなによりも安心して、気楽で楽しいのだなと思う。そのあとで、村ということを話題にいろいろ話したのだけれど、まだまだ話をするという方法の問題でいろんな障害が立ちはだかっているのだなと再認識した。いろんな話し方の方法もあって、いろんな話すという動機もあるのだなと思った。ぼくは、ちゃんと分からないことは分からないと言うのだけど、それも時には必要だったり、必要なかったりするのだろうか。電車のなかで考えたあれこれはすでに吹き飛んでいったのだけど、いま思い出した。

まだ、1月下旬春迄は長いぞ。長旅です。

電車で目があの女の子とは。不自由だ。

日曜日, 1 月 18th, 2009

(c) yoshinori niwa 2009

電車のなかで目があう女の子とは、とは、とは、とは、とは、とは何だろうか。電車の外でご飯を食べている人々、働いている人々、愚痴をこぼす人々、苦しんでいる人々、笑っている人々、泣いている人々。電車のなかで目が合っただけで、まだ出会ってない女の子がぼくのことをルイージみたいな帽子を被った人だと思うか、それとも、何か別のことを考えてるのか、ぼくにはまだ知能が足りなくて分からないのだけど、そこから始まる物語というのは、全部自分の責任であるから、あまりにも無鉄砲には発射できないのだというのは、ぼくの理性の結論だったので、それまでだという言語が思いついた。そう、思いついたのだ。思いつかない人はどうするのだろうか、ぼくは知らない。そう、なんだかんだ言って人間関係だというのも、案外責任のことだったりするんじゃないんだろうかと、脅迫的になんとなく考えてみることもできただろうと思う。そうぼくは実は、旅が苦手で、あの自由さが苦手であって、あのすっと晴れた山の麓にあるゲストハウスなんて言うのはすごい苦手なのかもしれないという結論には至っていない考えを今現在、披露している。そうぼくは、なんだかんだ言って、とてもヨボヨボでボコボコでいつだって不可能なことばかり考えているロマンチストであって、誰とでも仲良くなってなんとかやれる自身はあるのだけれど、誰とも家族にはなれないんだと思うし、そんな考えがいつだって僕の影でぼくの裾を握っているんだから。

考えてみれば、ぼくは自由だなんていう言葉に憧れた経験が全くなかったような気がしている。なんとなくの予感だけで言えば、自由が必要でもなんでもなくて、どこかで不自由でいたいんだという願望があったんじゃないかということしか言えない。ただ、ただいつもなんだか苦しいときの方がなにか予感として未来を感じるし、それを経験的に知っていたんじゃないかと気づきそうだ(気づいていないが)。たぶんであるけれど、人間関係はいつだって不自由で一生不自由であって、それをいかに請け負うかということを挑戦し続けることでしかないような気がしていて、それも結婚も恋愛も就職も労働もなにもかも、いかに相手のものを受け入れて背負い込んでいけるかだと考えてしまう。やっぱりそこで自由だなんだというのは、なにかぼくには腑に落ちないので、いつだって方法はひとつしかないと思うぼくは、それがすべてだと思うことにしている。そう、電車で目があの女の子とは。不自由だ。

いくぜ未来!こいや未来!

土曜日, 1 月 17th, 2009

(c) yoshinori niwa / 曼荼羅

最近、マリオ見たいな赤い帽子を被っているので、皆にマリオみたいだね!丹羽くんはちょっとした天才変態だねと遠回しに言われて、小躍り!寒すぎて、手から血が今年はでないので良かった!だいぶ、ドローイングもさまになって来たような感じもしなくないぞと勝手に思っていて、このやろーと思う。ややヤケクソという状態がたぶん、自分にとってこの上なくのっている状態なんだと思った。和紙の特注オーダーもやや大変なのだけれど、やるしかないぞポンちゃん!さあさああ、もうすこし働くぞ!

明日はまた、救世軍バザーに行くぜ!来週は個展の打ち合わせだぜ!いくぜ未来!こいや未来!

今日はピクニックだった気がする

月曜日, 1 月 12th, 2009

神楽坂のArt@Agnesに行く前に、渋谷のシネマヴェーラでロマンポルノを見る予定だったけれど、起きれず見れなかった。神楽坂で小さな耐熱ガラス瓶を買って、リンゴと穀物酢とグラニュー糖を入れて、リンゴサワーを作った。夜は、新年会だったので新宿西口の岐阜屋へおくればせながらいく。ニンニクラーメンとビールと餃子と木耳を食べたのだけど、お勘定がややどんぶり勘定なのでこれは!と思った。また行くかうまいぜ!そのあとで、西口の伝説のピースへ行って、氷珈琲を飲む。今日はピクニックだった気がする。

世界をどうやって消すのかという話

日曜日, 1 月 11th, 2009

朝というかお昼に、ねぎさんが作品データを取りにくる。すぐにぼくも高円寺の救世軍バザーへ行く。初めて行く。ポラロイドスペクトラ500円と赤い帽子300円と青い水筒300円とジャケット1000円とズボン1000円とシャツ400円を買う。終了間際に飛び込んでいったので、今度は朝早くいってじっくりみたいところ。なんだかんだで、案外寒いので、ジャケットは助かる。夜は仕事の仲間と世界をどうやって消すのかという話をずっとする。

ぼくらの毎日!

土曜日, 1 月 10th, 2009

ガラスの少年時代!徳島の工場から和紙のサンプルが届き、ルーマニアからビエンナーレのカタログが届き小小躍り。少年時代はまだ続きます。よろしく!

今日はなんだかやった気がする

木曜日, 1 月 8th, 2009

(c)yoshinori niwa

煙草を吸いすぎて、くらくらするぜ!今日はなんだかやった気がする。

甘い事を言っておきたい

木曜日, 1 月 8th, 2009

(c) yoshinori niwa

(c) yoshinori niwa

明日は、成田空港に行くのだ。なんとなく考えていることが言語とビジュアルと行為との境目のどこかどうなのかどこなのかということを思案しながら、1日が終わり、どろんちょ!まだ先は長いぞ、負けるな丹羽良徳!やっぱり他人の悪口は言いたくもないし、批判もしたくもないし、厳しいことも言いたくもないし、甘い事を言っておきたい。最終的には、わからないよということだ。でもこれが一番厳しいのかもしれない。

ロマンス

水曜日, 1 月 7th, 2009

yoshinori niwa

瓦斯ストーブが導入されてかなり暖まる家になった。もう少しである。

10:30

水曜日, 1 月 7th, 2009

朝から、日本瓦斯がやってきてプロパンの交換をした。

明日は古びたビルの腐った金属階段の端っこで

水曜日, 1 月 7th, 2009

PENTAX67を買おうかどうか悩んだあげくに、いやいいやまだいいやとなって、そんならもう少し待って4×5を買ったらいいさとなる。やっぱりそうだ、戦うのは戦力が必要だ。部屋がだんだんらしくなってきて、嬉しい限りであるのだけど、肝心な紙のサンプルがまだ届かずに年末年始の休みで会社も休んでいるのだろうと思うと、今年のぼくの正月は何もなかったなあと少し残念気味ではあるのだけど、それだけ頑張っていくさということでやっぱりこの生活を肯定するのだ。やっぱり最後はわからないぞ、休んではいられないさと今年こそはいつもいつも毎日いつでも思っているからこそ、生きていられるのであって、だったら最初から就職しているさと思うし、だったらいつだって貧乏でいることも無いのだと思うけれど、時給数千円で苦し紛れに街を颯爽と走り抜けて、やすっぽい煙草をふかしてけらけら笑っている生活がいかにどんなに面白いことだろうかと、たぶん数十年後には身にしみて、青春の徹夜作業を思い出すんだろうと思う。今日は今日で全力で、なにもかもがハチャメチャになってほしい。明日は古びたビルの腐った金属階段の端っこで、愛を語るんだろうか。いやそんなこともないけれど、そんな勝手は夢を見ているから、珈琲がうまい。