Archive for 10 月, 2009

明日の武蔵野美術大学のシンポジウムのこと

木曜日, 10 月 22nd, 2009

単純に明日は議論を楽しめればと思っているし、久々に議題を設定したトークを公の場でするということに悦びを感じている。どうやら他のプレゼンターとは初めてあう人たちばかりだし、やっていることもかなり違う立場でいるので、面白いんじゃないだろうか。ぼくらはきっといつだって希望に溢れて(いたい)います。ぼくでよければ何処でも行くさ。

ちょっと長いけれど、明日明後日の情報転載します

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Mediations of Locality
アートを媒介とした場と場とのコミュニケーション
10月23日(16時半~19時)・24日(11時~19時)
シンポジウム - 「アジア・メディア空間」 - 日本・東南アジア-アート・メディア・コミュニティ
場所:武蔵野美術大学(2号館201講義室)
入場料:二日間パス1000円-武蔵野美術大学の学生・関係者ではない方www.dis-locate.net
主催: Crossed Coordinates//ディスロケイトフェスティバル
協力:武蔵野美術大学・野村国際文化財団・アジア・ヨーロッパ・ファウンデーション・企業メセナ協議会認定・Arts Network Asia

このシンポジウムではアート、テクノロジー、ローカリティについて話し合う場を設けたいと考えています。中心となるテーマは「アジア・メディア空間」です。東南アジアと日本のテクノロジー社会を留意し、文化・政治・経済・歴史の点を比較し、メディアと場所との関係を議論してゆきます。国・場所によってどんな様にテクノロジーが受けられているでしょうか、どんな様にテクノロジーが利用されているでしょうか、どんな様にテクノロジーの創造的な可能性が表現されているでしょうか。お互いからいろいろなことが学べます。 新しいテクノロジーの影響力を視野に入れつつ、場所という概念の成り立ちについて考察します。自分達が暮らす場所とどのように結びついているのか。テクノロジーはそれを強化するのか、あるいは弱めるのか。テクノロジーはそういった結びつきから私達を自由にし、現在位置を規定している様々な要素を超越し得るか、といった点を議論したいと思います。

23日16時半~19時 2号館201講義室
丹羽良徳
1982 年生まれ。アーティスト。多摩美術大学映像演劇学科卒。主に社会や共同体との関わりのなかで、実現不可能でポエティックなアイデアを無理にでも実行する。 そのアイデアと現実との差異のなかに人間性を見ようとする。また、マインドマップをベースにした言語を多用するドローイングも制作する。主な作品に鳥イン フルエンザが流行した時期に鶏にイラク戦争や身の回り様々な質問をしにいく「ヤンキー養鶏場」、世界中の水たまりを口で吸い上げ別の水たまりに移しかえる 「水たまりA を水たまりB に移しかえる」、ノルウェーの町中で100 匹の猫と握手するために奔走する「ノルウェーで100 匹の猫と握手する」などがある。また、東京とサンフランシスコのアーティスト主導の国際交流展「Tokyo- San Francisco Art Festival ‘06」、都内のパブリックスペースをゲリラ的に活用
した国際芸術祭「Artist as Activist」などを企画しオルガナイザーとしても活動する。この他、近年は自己の生活と芸術との繋がりの中から様々な任意団体を組織した。URL : http://www.niwa-staff.org/

谷口暁彦
1983年生まれ 多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン領域修了 プログラミングや自作のインターフェイスを用いた作品を製作。 また、ダウヂング同好会として音楽活動も行う。
近年は「宙づり」というコンセプトをベースに,個人やグループでの実験的なプロジェクトを数多く展開し、2007年ICCにて「ダングリング・メディア」として発表。 http://okikata.org/
http://kiviak.org/

中島興
ビデオ・メディアアートのパイオニア
1941年生まれ。九州より上京し60年代より映画技術を学びながら、実験的なアニメーションなどを手掛ける。70年よりポータブルのビデオカメラを購入 し、グループ「ビデオアース」を結成し、ソロではパフォーマンスやドキュメンタリーなどの様々なビデオ作品を行っている。インスタレーションなど広い範囲 での活動を行っており、ビデオを個人の記録メディアとして、またあるときには生命や宗教的な表現を行う媒体として捉えるユニークな視点をもって接してい る。 http://www.age.cc/~ko-ko-ko/blog/

草場裕
慶應義塾大学卒業 同大学院修士課程修了 同大学日本語教授法講座修了 青山学院大学博士課程単位取得退学 国立国語研究所日本語教育長期研修終了
「表現」とは何か、「文学」とは何かに迫る。「日本語の歴史」においては、言語はなぜ変化するのか、「日本語」とは何なのか迫る。

24日11時~19時 2号館201講義室
宍戸遊美
1978年東京都荒川区生まれ。2003年東京造形大学美術学部絵画専攻卒業。アーティスト、プロジェクター。コマンドNメンバー、ano(アートネットワークおきなわ)メンバー、保育所芸術専門員。2003年に「沖縄/コザ」との関わりを始め、滞在制作を通じて滞在地の商店街での作品発表にこだわり、展覧会を制作(CUVAプロジェクト銀天街発表会/2003年3月、9月開催)。それをきっかけに展覧会の制作プロセスを通じて、コミュニティーに関わる過程に自身の作品制作の動機をリンクさせる経験を重ねる。沖縄ではその後、小学校で半年間掛けて行ったワークショップ(バショカラプロジェクトvol.1/2004年9月〜2005年3月、vol.2/2005年10月銀天街商店街で同企画を開催)や、5つの商店街を舞台にしたアートイベント(ano week in KOZA~アノコザ~/2008年3月開催)を企画制作する。また、2003年にアーティストだけでメンバーが構成されるアーティスト・イニシアティブ・コマンドNの活動へ参加を開始。コマンドNとしても、富山県氷見市、秋田県大館市の他、千葉県、石川県、東京でのアートプロジェクトに関わる。特に富山県氷見市では、2004年から2007年まで事務局兼アーティストとして関わり、プロジェクトの運営と作品制作の両面からアプローチする作家活動を長期に渡って行う。東京ではコマンドNの活動の他に、2003年4月〜現在に至る6年間に渡り都内保育所で芸術専門員を勤め、幼児期の表現活動における場所や人と素材の関わりに対してのアプローチを行っている。現在では、合同会社コマンドAの立ち上げに参加し、千代田区/秋葉原にある旧千代田区立練成中学校を改修して新たに立ち上がる文化複合施設のプログラム制作や運営に携わりながら作家活動を続けている。

毛利悠子
1980年生。美術作家。主な作品に、強力な磁力を使用した立体作品《Magnetic
Organ》、エリック・サティの楽曲を使用したサウンドインスタレーション《vexations》(三原聡一郎とのコラボレーション)、プリンタにタイヤをつけて走らせる立体作品《BairdcastMedia》など。国内外で発表。
http://www.mohrizm.net/

Ma Jung-Yeon
(東京藝大映像科博士)日本のメディアアート歴史・システムを研究しています。

小磯理沙
2009年武蔵野美術大学院修士課程修了
パフォーマンス・インスタレーション・映像の作品が中心です。 http://lisakoiso.com/

Andreas Siagian

ジョッグジャーカルタのHouse of Natural Fiberという先駆的なメディアアートラボの会員です。アーティストだけではなくキューレータ・オーガナイザー・教育プログラマとして活動しています。Cellsbuttonやジョッグジャーカルタ国際ビデオフェスティバルという国際交流イベントを毎年企画しています。  北京・バンコク・クアラルンプールで展示することがあり、いくつかのアジアヨーロッパファウンデーションに企画されたイベントに参加することがあります。 今年up:DATEというアートプロジェクトでヨーロッパの7カ国を訪ね、アート交流・ネットワーク作りを育成しました。
http://andreassiagian.wordpress.com/   http://natural-fiber.com/

Lim Kok Yoong

Limはマレーシアでニューメディアアーティスト・デザイナー・大学教授として活動しています。マレーシアのマルティメディア大学でクリエーティブメディアを勉強した後、イギリスのNorwich美術大学院でファインアートを学びました。アートと人生の交差を提唱すると伴にインターアクティブインスタレーションを通して人間関係に焦点をあてます。Rumah Air Panas(RAP)アート協会の会員としてアーティスト・ラン・スペースを推進しています。Let Arts Move Youという通勤電車の中のアートイベントのディレクターです。

Nguyen Duc Tu

ビデオ・サウンド・インターアクティブシステムに深い興味を持つアーティストです。さまざまの作品で実験的に新しい表現方法を調査します。D-Fuseという有名なオーディオビジュアルグルップとコラボレーションすることがあり、香港・フランス・オーストラリア・韓国で展覧会を行ったことがあります。ホ・チ・ミン・シティのアートシーンの代表的アーティストでSan ArtやGalerie Quynhという評価の高いギャラリーで作品をよく発表します。

Preeyachanok Ketsuwan

Ketsuwanは人々の関心を社会問題へと向け ます。特にフェミニズム論を中心し、女性に対するタイの社会の意識を強調するためにビデオ・パフォーマンス・テキスタイル作品を作っています。変化をもた らすアートの力を信頼し、長い間脆弱な子どもたちと一緒にアート活動しています。アートワークショップにおいてHIV感染小児・障害を持った子ども・孤児・虐待された被害者・ 貧困の中に生きる子どもたちを自分の考えや感情を表すために創造的表現方法を紹介しています。2008年のシドニービエンナーレーで作品を発表し、今年の8月に京都で高嶺格とパフォーマンスコラボレーションプロジェクト参加しました。さらに2008年にバンコクでアジアヨーロッパファウンデーションのアートカンプに参加しました。

彼の髪型が好きだ

火曜日, 10 月 20th, 2009

人生には二種類あって、人生には奇蹟も革命もないんだと生きるのか、それとも目の前の現実がすべて奇蹟であってよのなかは自分で変えられるんだと思っていきるかどちらかだという意味のことをアインシュタインが言っていて、そんな彼はとても面倒くさがりで、洗濯石鹸で顔を洗い、雑巾で顔を拭いて、時には灰皿にご飯を盛ったそうだけど、そんな彼はいいなあと思った。彼の髪型が好きだ。ところでニューヨークに持っていったアーティストブック「台無しの共同体」はフェアで売れなかったのだけど、Printed Matterというアートブック専門店に一冊置いてもらえることになって実質一冊売れた。よかったなあと思うのだけど、まあすぐに30冊作らないといけないので、あんまりゆっくりもできない。というか最近めっきり寒くなってきて今年初めてトレーナーを着たら変な怖い夢を見た。明後日は武蔵野美術大学でシンポジウムに参加します。わくわく。行けるかな。

新宿郵便局のおばけを見た

月曜日, 10 月 19th, 2009

御徒町の激安コピーショップ(すごくやすい今日はA4一枚4.2円だった)の帰り路に新宿郵便局の2Fの郵便窓口に行く。民営化されてから営業時間が少し長くなったし、奇麗になったな。助成金申請書類を簡易書留でお願いしますと出すのだすと690円ですと言われて、たまたま持っていた切手で払おうと出したら窓口のおばちゃんが何故か封筒の上下逆さまに貼付け出して、ああこれ上下逆だよと言うと「わたし、おっちょこちょいだから」と言って剥がそうとしてたから、ああこれだと封筒破れちゃうからそのままでいいよ。と言うと「駄目駄目!」と言って自分でやったのになんだか面白くて大笑いしていたら隣の窓口のおばちゃんも見に来て、それにもめげずにそのおばちゃんは剥がそうとするのだから、ほんとうに破れそうになっていってまあいいか。これで駄目なの?って言うと「あとで私がゆっくりやっておきます」と言っていた。そうか、ありがとうと言って帰ろうとしたら、たぶんあれはお化けだと思った。たぶん助成金の大切な書類なので、お化けのパワーをもらったその封筒なのできっと助成金が通るに違いないと思ったのだ。

[2009] Akimbo review

日曜日, 10 月 18th, 2009

経済に負けてたまるか3

水曜日, 10 月 14th, 2009

ちょいと映像作品の整理をしないといけない案件があってMacで作業。あと、アーティストブックで使うようにと4×8のシナベニアを発注したけれど、これが案外にも高くつくんだなと思った。素材だけならば、3980円でこれはおお安いじゃないの!と思ったけれど、カットの注文だったり送料を込み込みにしていくと、すぐに8000円を越えてしまって、ほぼ9000円である。これじゃあ近所で買ってもおんなじじゃないの。と始めは安いじゃんと思わせつつということなんじゃないかなと思ったけれど、そこに怒りはない。現代はそうなっているだけだ。それに面白いことにぼくの好きなNHKのことばおじさんの番組で今日は「体育」を「たいいく」と読むか「たいく」と読むかというトピックで話があった。これは面白くて、みんな本当は「たいいく」だとわかっていても会話では「たいく」と発音していて、それになんら問題もなく過ごしている。そうあんまり問題じゃない。どうでもいいのだ。伝わればいいの。で、さらに音位倒置というのがあるそうで、例えば「雰囲気」を「ふいんき」といつのまにか呼ぶようになった人が増えてきたようになったようです。たとえ厳密に言語的に間違っていようと使う人が大多数になれば、そうなっているだけで、伝わればいいと思えば何の問題もない。そう、社会は大多数の力学でおおかた動かされているんですが、その力点である変わった境界が面白いところかもしれないな。そう、やっぱり経済に負けてたまるか。

http://nhg.pro.tok2.com/reserch-2/reserch1-99.htm

経済に負けてたまるか2

火曜日, 10 月 13th, 2009

錦糸町の三晃堂という小さな文房具屋さんでずっとコピー作業。ここはなぜかコピーが5円なの。店内に流れているラジオから「お金が無いという悲劇とお金があるという悲劇はどちらが酷いか」ということを話していて、そのひとはお金があるということも、今現在あったとしてもそれを活かし切れずにだいたいはお金はなるくなるものだからとても厳しいのだという。はあそうか、確かにお話のネタとしては面白いし、お金持ちの人の生活水準を下げるのはとても大変だと聞いたこともあるけれど、現実問題としてお金があってそれが原因でのたれ死ぬことは聞いたこともないし、どうかなあと思た。でも確かにぼくはかなりお金が無いのだけど、それでもまあ楽しく人生をやり過ごしていて、それはそれでお金がないことと結びついてはないけれど、今に見ていろ的な根性が発達するのかもしれないし、そうだったらお金がないのも面白いなあと思った。途中で新宿のベルクでビールを一杯のんで何故かベロベロになって(疲れているのかしら)丸ノ内線に乗って途中乗り換えて表参道のhrprg galleryをちょっと覗いてくる。研究しないとなあと最近思う事も多いので、できるだけどこでも行ける範囲のところは時間があれば行ってみようと思うので、最近初めて行ったところも多い。帰りは徒歩でシャネルとかビトンとか高級ブランド店が並ぶ路を抜けて原宿まで行った。高級ブランドとアート(特にハイアート)とが一緒になることが多いこのごろなのだけど、ぼくとしてはなんだか不思議な気分でその組み合わせを思っている。で、明治神宮ではなにかイタリア系のビンテージの車のイベントがやっていて、ここでもやっぱりお金持っていそうな人がたくさん集まっていた。ルパン三世とかが乗っていそうなレトロな赤い車がたくさんあった。それに群がるややお金持っていそうな人々と僕。やっぱりぼくにはみんなでお金持ちになろうというよりは、皆で貧乏になろうというかけ声のほうがしっくり来るのかもしれない。さあ経済に負けてたまるか。

経済に負けてたまるか

火曜日, 10 月 13th, 2009

最近またギャラリーが出来たと聞いたので、調べてみたら早稲田鶴巻町に近いところに新しいギャラリーが出来ていたYUKA CONTEMPORARYに行ってみた。やや駅からは遠いので迷ってしまいそうだけど、なんとか到着すると、オーナーの鶴野さんと作家の足立さんがいらしてちょこっとご挨拶して作品を見せてもらった。これから新しい世代のギャラリーもどんどん増えていくんだなと普通の感想をもったし、これからの活躍がみなさん楽しみだなあと普通の感想を持った。で、やっぱり気になるので紀ノ国屋書店で東京地図出版から出ているG12という本をちらっと見てみて、アマゾンで発注する。ぼくのお世話になっている小和田さんのギャラリーはまたその次の世代なんだろうかとぶつぶつ考えつつ、大学の同級生の川田さんとお会いして一杯やりながら岐阜屋でお話する。そのまえに、世界堂と東急ハンズとオカダヤとスパイラルによってアーティストブックの素材を買う。今日はトウキョウワンダーサイト本郷にも行こうと思ったけれど、時間がなかった。やれやれと思いつつ帰宅して、ドローイングと明日の準備。年末にやりたいと思っている写真のプロジェクトも勧めたいところだけれど、経済に負けてたまるか。

私は誰にとっての何が何で何なのだ

日曜日, 10 月 11th, 2009

今日は久々に一日中、ずっと家にいたので、ちょっと外に出たい気分になってしまった。午後にギャラリーから打ち合わせで来客があって、製本のことやアートフェアのことをいろいろと話す。いろいろ決まっていくなかで、予算的にできることが限られてくることや時間の制限なんかでできないこともたくさんあってでもそのなかで一番良いと思うことを互いに共同で考えながら作品を作っていく。最近はこんな自分の作品なのだけど、ギャラリストやキュレーターと一緒になって考えてやってみてそんでまたお話して作り直してという作業が多くなった。たぶんとても良いことなんだろうけれど、いままでやり方がちょっと変わってきたので、少しだけ肩に力が入ってしまって疲れることもあると思った。そんな野暮な感想なんか言っている場合かと思うのだけど、それはそれで乗り越えようとしている段階なので根気よく付き合っていこうかしらと思っている。とにかく、ここまできたら、自分の作品も自分だけの責任ではなくなってくるんだなと思うとちょっと気分が引き締まる。

互いに関わり合いながら自分のできることを相手に伝えて利用し合える仲になれでばと思うのだ。そんなことがちゃんとできれば今後も楽しみがたくさんだ。

できることなら全部

金曜日, 10 月 9th, 2009

午後、馬喰町のαM galleryで打ち合わせ。そのまえに、折角なので近所のCASHIやフォルギャラリーやTARO NASUなんかも見ておこうってんで、そそくさ見回る。初めて見たのだけど、青木陵子 「Object Reading」が図版でみるよりも格段に良かった。たぶん、その原因は額に入っていないドローイングなんかがやや折れていたり、汚れが見えたりするところなんじゃないかなと思った。撮影してカタログなんかに載せるとその微妙なディテールが見えないし、見せようとしない場合が多いかもなと思った。

そんでもって肝心の打ち合わせはというと、また新しい楽しいことが始まったよんという感じで、来年夏にかけて忙しそうになりそうな感じであります。問屋街の馬喰町で何ができるのかまだぼくにもわからないのだけど、いろんな人からエネルギーをもらって生きているような気がしています。それだけで本当は満足なはずなのに、いろんな些細なことで気落ちしないように頑張りたいと思いますと、思ったのです。たぶん考えてみれば、何度かのターニングポイントがあるんだと思うけれど、それを確信するか否かは自分自身の力量にもかかってくるし、そう思えるエネルギーというのもあるんでしょうね。ということで、ちょっとぼくのこれまでの活動の総括でもあり、また新しい活動の始まりでもあるようなプロジェクトを創造できることを自分自身期待していきたいですね。

そのなかでも作品の戦略的な文脈的構築というか、きちんと正確に語るということが必要かもしれないなあと思う。ぼくの悪い部分というかこれから直していきたいのだけど、作品のコンセプト説明なんかをやや雑に扱ってきたので、そのときそのときにいい加減に説明していてこれはまずいなあと思うことがあるので、つまり勿体ないなあと言われたり思ったりすることが多いので、作ってしまった作品は消せないのでもういちどきちんと語り直しをして編集することで、そして新しい作品はきちんと説明することが必要ではないかと思うのです。やっぱり言語の力は強いし、それでしか理解できないこともあるのかもしれない。

ほったらかしにしないということか。

[2009] じゃんけんの旅

木曜日, 10 月 8th, 2009

[pdf] じゃんけんの旅

[2009] 泥棒と文通をする

木曜日, 10 月 8th, 2009

[Word file] 泥棒と文通をする

[2009] 一週間後、初めての共同作業

木曜日, 10 月 8th, 2009

[pdf] 一週間後、初めての共同作業

[2009] 誰かを胴上げする

木曜日, 10 月 8th, 2009

[pdf] 誰かを胴上げする

[2009] 結婚を決意できない友人のために深夜2時街灯のしたで結婚式をする

木曜日, 10 月 8th, 2009

[Word file] 結婚を決意できない友人のために深夜2時街灯のしたで結婚式をする

革命的革命

水曜日, 10 月 7th, 2009

いとおしき屁理屈と愛情のある無駄話。それがそうでなければいけないという必要性においてのみの現実。形容詞と名詞の宿命的関係。

刑務所でタンゴを教える

月曜日, 10 月 5th, 2009

「私達」という言語的意味の内容を取り出してその役割の転換または見直しをすること。そのために、代名詞はその内容をできるだけ具体的に読み替えて考えないと、いつのまにか思考停止になる、という時代に生きているような気がする。

ぼくは日本で良く使われる「社会人」という言葉がとても嫌いだ。日本での意味は「社会人になることは会社員になることとほぼ同義化されており、会社組織に所属して一定の雇用上の地位を得ること」だという意味において。他の言語にはそんあ言葉はない、socialistという言うと社会主義者になる。とても嫌いだでも、それが出来た原因があるはずだ。もっと具体的に言うとそれが当然のようにあって、それを当然のように使っている社会が憎い。じゃあ、そんな言葉使わなければいいじゃないと思うけれど、ぼくはじゃあ何でそんな言葉が日本に定着していったのかということの問題系からさらに発展させて、ちょっと考えてみたいことがある。

まず、定義が曖昧すぎるけれど、暗黙の了解のような感覚で使われているあたりが憎い。憎しみがある。主婦や学生や老人や赤ん坊や浮浪者はどうなるんだろうか。非社会人かな、となるんだろうか。じゃあその社会というのをきちんと明確に訳そうとするとたぶん会社ということになってきて、じゃあ会社に勤めると社会人となって、ああそうかここのところは明確だね、就職すると「社会人」だね。つまり、社会はどこかの会社に勤めること要求していて、それが良しとしているんだね、じゃあ「会社人」と言えばいいのだけど、そうなっていない。どうしてだろうと思うと、ぼくが思うには、たぶん答えはひとつじゃなくては行けなかった歴史的背景があったんだろうなと思っていて、それは軍国主義時代くらいに遡ると簡単にわかるのだけど、たぶん国民の模範的人生行動というのはひとつでなくてはいけなかった、つまり意志はひとつに統一されている必要があったのかもしれないなと勝手に思っていて、じゃあなんで今頃そんな事言うのかというと、初めての義務教育の小学校でもほぼすべての学科で答えがひとつしかなかったし、あったとしてもあまり教えてくれない。しかもあるかどうかさえも教えてくれない。つまり教えないということを教えていて、うんそうか、わかったぞ。となることを目指しているかもしれない。で何を考えたいのかというと。会社人じゃなくて社会人であって、それにあまり文句も言わないですごしているぼくたちのことについて。それで何らかの不利益を被ることはすくないのだけど、ぼくたちも社会人だとか我々も社会人だと大声で言うひとは少なくて、なんとなく関係ないひとは関係ないふりをしていて、それに属するひとだけがその言葉を使っていて、つまり「対象外のひとと私は違います」と言いたいだけなんじゃないかと思うことがある。でも会社人(厳密にはこちらが正確でも)というと、あんまり格好が良くないので、もっと強烈な社会人!となったんじゃないかとぼくはちょっと思っている。だって明らかに社会という概念のほうが会社という小さな概念よりも大きいし、威厳があるような気がする(だけ)。

そこで、私とか私達という言葉が面白くなってきて。なんで社会人とかいう言葉を作るか思うと、たぶん自分が「私は社会に参加している」意識を持ちたいためにそんなふうに言っているんじゃないかと思う。で私とか自分とかの代名詞として社会人が登場するだと思う。いつもみんな自分を言い換える言葉が欲しいのだと思う。自分を代弁してくれる何か強いものが。で、ここで逆戻りして、社会人=社会に参加しているひと=私、と取り出す過程があるのだけど、面白いのが「私はどんな人?」ではなくて「私はどこに属しているひと?」っていつのまにかすり替えられていて、ここが結構面白い。いつだってぼくらは自分がどこにいて、何をしていて、誰かよりも優れていると思い込みたくて、自分はやればできる子だと思いたくて、そんな気分で生きているんだ。そんな気分を気持ちよく解決する言葉なんじゃないかと思う。もちろん、全面解決はもちろんできないけれど、言葉の魔術としてのある効果だけね。

だけど、それが最高に苛立つというわけでもないけれど、
じゃあそんな世界に生きているぼくたちはどんなことができるかとちゃんと考えることがぼくにとっては面白いので、アイデアが必要になります。本当はみんな赤ん坊でも学生でも主婦でも老人でもみなさん、ちゃんと社会を構成している人間なので、そんな社会人なんて言葉を使わなくても良いように、もう少し大きな枠組みで自分たちを捉え直していって見ることが必要かもしれません。ぼくはそこから逸脱する人間が概念を具体的に探りながら、ぼくたちの言語社会を通してもうすこし、じぶんたちのことを考えていきたいと思うところです。

で、「刑務所でタンゴを教える」というアイデアがあって突拍子もないことなのだど、なんとなく可能性があるんじゃないかと思う。これはカナダで知り合いの聞き間違えをぼくが聞いた事から始まったなのだけど、それはそれとして、このアイデアを実現させって面白いかもと。考えてみれば面白い題材もたくさんだ。

以下、Wikipediaより転載

社会人(しゃかいじん)とは、社会に参加している人のことである。一般に社会で責任を持って生活している人を指すことが多いが、社会人=労働者と言った意味合いも強い。類義語として、職業に従事していることを強調した用語である職業人(しょくぎょうじん)がある。

現代日本のような会社社会(会社と社会が同一視されるような社会)にあっては、社会人になることは会社員になることとほぼ同義化されており、会社組織に所属して一定の雇用上の地位を得ること(例えば正社員となること)を指し示すことも多い。社会人は、実社会で権利と義務の主体といわれている。人格が完成しているものとみなされる。意思が尊重される反面、故意や過失などに対しては、多くの場合制裁を受け、個人の事情が特に配慮されて許されることは比較的少ないといわれている。一般に社会人の始期は学校を卒業・修了し、就職した時点であることが多いが、何らかの事情で学業の途上にあっても、同世代がほぼ全員大学を卒業する20代半ばには、社会人として待遇されることが比較的多い。社会人の終期は、60歳程度であることが多く、一般的に定年に達することなどによって退職を迎えた時点である。しかし、60歳を超えても、再就職して社会人であり続ける人もいる。
社会人の場合、ある程度責任ある仕事(職)を持ち、家族の生活を支え、現実的な思考をしている姿が歓迎されるといわれている。 社会人は利益を求めて働くものである。よって専業主婦は社会人には含まれないことが多い。
もともと「社会」というのは欧米からの翻訳語である。それに日本独自のニュアンスが加えられた。日本語以外の諸外国語では日本で言うところの“社会人”をさす言葉はほとんど見られない。たとえば英語では労働者(worker)や成人(adult)、市民(citizen)という単語はあるが、”社会人”そのものを指す単語はない。(”socialist”という単語は社会主義者、社会党員という意味であり、用例が異なる。)そもそも「社会」とは、人と人との繋がり、人々の集団と言う意味であり、子どもや学生、高齢者、退職者でも他人との何らかの繋がりがある限り社会に参加している人=社会人である。つまり人間である限り社会人であると欧米人は考えるためである。

はやくおばけでも出て欲しい

日曜日, 10 月 4th, 2009

夕方、餃子を手作りする。久々にビールを飲みながら小和田さんを待って、今度作るアーティストブックの打ち合わせ。最終的には、木製のハードカバーを施した装丁の方向でまとまったので、さっそく来週末にはプロトタイプの完成を待つ。いまごろ、先週頑張って作った青いハードカバーの本がニューヨークで売られているんだろうなと、なんとなく遠いくにの話のように思い浮かべながら、これから作る残りの本の計画を立てるのも面白いものだ。こうやって作ってみると今後直しておきたい部分もたくさん見えてきて為になるというものだ。とりあえずこれが全部出来上がったら、次のブックの計画もしたいと思っている。できるならば600ページくらいにしたい。作るごとにページ数が倍増していくような感じで、どんどん大きく分厚くなる。最終的には10kgくらいにしたい。

今日はビールを飲んだので眠い。忙しくはないのだけど、暇でもないような感じがしていて、なんだか不思議。最近よく誰かのことを羨んでいる夢を見る。そんな毎日なのはもう嫌なので、はやくおばけでも出て欲しい。

ぼくならここにいるぜ。一度きりの人生だってみんな知ってるはずだ。今に見ていろ。