Archive for 11 月, 2009

明日は今日の続きがある。そうこれはすべてのお話の大前提でもある

日曜日, 11 月 22nd, 2009

今日は朝から恵比寿でギャラリーの内装解体工事。バールで天井や壁をとにかく壊しまくったので、釘で怪我もしてしまったけれど、ユニクロのフリースが暖かいからまあいいかって感じ。1000円もするチーズバーガーもおごってもらったし、ギャラリーの古びた感じも良い感じなのだ。初めて会うひとと親しい友人とも態度を変えないひとはやっぱり素敵なんだと、全然関係がないけれど思ったのだ。解体工事があまり埃まみれで汚れしまったので、帰りの電車でごほごほやっている自分はインフルエンザなんじゃないかと疑われるかなって、ちょっとだけ思った。明日は今日の続きがある。そうこれはすべてのお話の大前提でもある。

イデオロギーの前では感覚的に感じたことに嘘をつかないことかもしれない

日曜日, 11 月 22nd, 2009

ぼくは常に「本質的には」という前置詞を無意識的、置きながら話している。これからは、もっと意識的に追いまくって話をしたいなあと思うことにした。それは今日は2008年に制作されたベーシックインカムに関する映像エッセイ90分を観てからの、感想だ。http://dotsub.com/view/26520150-1acc-4fd0-9acd-169d95c9abe1

はっきりと分かったことは、これは何も経済的なシステム論議ではなくて、もっと個人的な一市民が議論に活発に関わらないといけない事柄であって、何故かというと大きな古いイデオロギーで判断を重ねて現状維持しかできない現代に向けた闘いであって、だからと言ってなんでも批判ばかりすれば良いわけでもなくて、そこから逃れて、問題なのでは経済うんぬんじゃなくて、経済によって実現されうる人間の生活であって、それは本当は本質的なことであって、実現するのが難しいとか、実現したら働くひとが少なくなるとかでもなくて、じゃあなんで働くひとが少なくなってはいけないのか?ってことだったりするんじゃないかと思う。それは一種の現代の想像力の臨界点との対決なのかもしれないし、BIに反対するひとがまだ日本に多いってことは、今の現状の経済体制と状況から逃れたそとの世界を想像(創造でもある)することすらできないんじゃないかと思う。それにはやっぱり今まで価値観との決別が多いに必要だし、それはとても怖いことでもあるし、それによって自由は得られるけれど、責任も生まれるし、さらに冷酷な世界になることは間違いがないと思う。だって、「お金がないから…」「社会が悪いんだ!」とは言い訳させないわkで、何をするのも全部自由なわけだけど、何を失敗するのも自由なのだ。と思うとこの自由も責任もないいまの状況が案外みんな好きなのかなあとも思ってしまうのは、ぼくだけだろうか。そうも批判的に書くとあまりにも酷いかもしれないけれど、正直な感想だ。

いまはぼくだって、働かなくちゃ生きてはいけないけれど、「働かざるもの、食うべからず」ではないのだ、本質的には。それは現実と理念だということだ、ここを混同してはいけない、常に理念は現実の先を行かないといけないのだ、と僕は思う。本質的に働くことが何のなのかを考えないとこの先やばいぜ。

ここでぼくが一番面白いと思っていることは、税金のことだ。よくよく考えてみれば、労働にも間接的にだけど、所得税という税金が組み込まれていて、賃金を得るという行為でさえ、税を取られる。ということは、働くということは、自分の生活ということと同時に「自分以外のみんな」にも同時にお金戻していて、消費税もそうで、何かを買うと同時にその一部を国に戻している。国会とかで消費税の使い道とか複雑な議論がなされていて、正直ぼくは突っ込んだ議論も内容もあまり詳しくないけれど、感覚的にはどうにかシンプルにしたいと思う。そこでベーシックインカムが登場するのだけど、財源の問題で、(様々なアイデアがあるけれど)全国民に平等で消費税を大幅に引き上げて、そこから財源を得ることがある。これはシンプルで面白いし、税金が完全に見えることでもどこからお金がやってくるのかということが、ビジュアル的にも理解できるし、一番いいのはお金の流れが誰でも容易く把握できることだ。これはかなり重要なことだと思う。いまの現代で複雑になったお金の流れは、問題だと思うし、はっきり言ってどこの何税が一体何にどれだけ使われているのか、ちゃんと把握できるひとはどれだけいるのだろうか。

もっと面白いと思うことは、BIは所得を増やす計画ではなく、所得の内容や根拠を変えることにあることだ。つまり収入は変わりないのだけど、その出所が変わってくるという質の変化なのだという点だ。主に消費税によって、消費することで他人へ分配することで成り立つように計画するということだ。つまり消費そのものが、現在の労働に当たるというわけだ。だって、正直に言うとこの世界でどれだけ、本質的に人間に必要なビジネスがあるだろうかと、疑問だからだ。労働を作るのにも、お金がかかってしまうのは本当に正しいだろうかと。必要なのは、イデオロギーの前では感覚的に感じたことに嘘をつかないことかもしれない。

冷たい雨が降っています いつもありがとう

火曜日, 11 月 17th, 2009

理解を越えてと考えてみると残る最終的なことはなんだろうかとふと思うと、現実なんじゃないかと思った。というのは、最終的にはというのが重要であって、最終的にはぼくは死ぬのであって、最終的にはぼくの人生はぼくの人生でしかなくて、その根拠だったらたくさんあるはずで、それに起因した行動しかぼくは認めないぞと思ったというのも嘘じゃない。その地平からダッシュで理解を勝ち取れるような骨太なアイデアを僕自身に募集していてやまないのだけど、あら、そうねということでもやっぱり一番面白いことがたくさんあって、というのはそこが身近な現実だっりするからだ。現代と闘うってことはそうことかしらって思う2009年だと思うし、誰にも責任転嫁できないんだからそうとしか言えない。

いまは次なるアーティストブックの計画を作っているところで、ぼくのやろうとしているプロジェクトと考えている言語的な関係性をさらに構築的に補完的に密度の高い書物を作りたいと思っている、目下のところコンセプト的には、現実「写真」と構想「ドローイング」の相互補完的創造における本。そしてこれは完全にメモなのだが、日本語、英語、ドイツ語、スペイン語、中国語、以上5カ国語での記述をしたいとは思っている。どうだろうか、そのあたり、翻訳ーtranslationというぼくの作品自身にも関わりのあることなので面白いかもしれない。

冷たい雨が降っています いつもありがとう

公共性に関するメモ

火曜日, 11 月 10th, 2009

「公共性 」齋藤 純一 /岩波書店のなかで、いろいろなキーワードを整理しているような気がする。まず共同体と公共性とのコンセプトの違いについてが結構面白かったというか、分かっていても言われるとなんとなくすっきりするというか。コミュニティーは外を作り出すことで内部を見えるようにするのだけど、公共性とはあらゆる内と外とのコンセプトにガテゴラズされないすべてのパースペクティブに開けている状態を指すのだと言うから面白かった。たしかに、そう現代の問題というのは、公共性における予め決められた合意というか解答によって、いくぶんかのパースペクティブが喪失したことに気づかずにいるということかもしれない。それを全体主義の概念を使って説明してくるから、尚面白い。なんなくだけど、「ひとりはみんなのために、みんなひとりのために」という小学校で刷り込まれた標語を思い出したし、ぼくの嫌いな警察がよく使う「この平和で静かな日本を守ろう!」という標語を。どこが平和で静かなんだろか?そういうことで思考停止にさせてるんじゃないか。そう、そうゆう手法によってぼくらを同質化に落としこめているのかもしれないし、そこから抜けることは容易ではないかもしれないし、そこに対抗できるフォーラムの創造も容易いことではないけれど。考えてみれば、自己の力で顧客を掴み取るパワーを考察するマーケティング戦略の位相をなすんじゃないかとも思うけれど、これはなんとなくの勘でしかない。でも新しい手がかりはなんとなく掴めそうな気がしてきた。アクティビズムのパースペクティブ。なんだかまとまらないのでここで終わり。

丹羽良徳の起源

火曜日, 11 月 10th, 2009

公共性ってなんだとうかと思っていて、ハンナ・アーレントを少し読もうと思っている。全体主義の起源も気になるところだけど、まずは人間の条件とそれの前段階になるようなものを読んでからにしようかしらと、西武新宿線の車内でぼーっと暗がりの夜道を眺めていた。東京もだんだんと秋らしくというかもう冬なんだという気運でいっぱいだ。なんとなくだけど、可能性の一部は条件という項目が担っている気がする。

さて

名古屋のアートブックショプ「エビスアートラボ」でぼくの「台無しの共同体」の取り扱いが始まりました。なので、是非お近くのかたはお手にとってご覧ください。もし気にってくだされば購入頂ければ、ショップとぼくが喜びますので、宜しくお願いいたします。

YEBISU ART LABO
名古屋市中区錦2-5-29 えびすビルPART1 4F
TEL/FAX: 052-203-8024
http://artlabo.net
水曜定休
OPEN 12:00-20:00

丹羽良徳「台無しの共同体」
http://artlabo.ocnk.net/product/2072

やっぱりぼくは歴史と現代の価値観と闘っていたいのだ

金曜日, 11 月 6th, 2009

歩いて高円寺まで30分くらいだと思ったら、案外40分もかかった。のんびりしていたんだろうか。確かに考え事をしていた。夕飯を食べながら国立近代美術館の鈴木さんと展覧会の打ち合わせというかアイデアの共有というか、方針の確認を行った。ぼくはこれまでも何度か面白くなりそうだと思ったことはあるけれど、今回はきっと面白くなるだろうと言いたい。酒が弱くなってしまったのか、疲れているのか、歩いたせいなのか、ビール一杯で酔っぱらってしまって、酔いが醒めてからきちんと話し合いをする。足りないのは、論理的なコンテクストの感覚だということがはっきりしてきて、確かに分かってはいたのだけどどうもこうにもどうすればいいのかという具体的な解決策を見いだせなくいたのだけど、こうやって目前に迫り来る壁をぶち壊す為には、ちゃんと時間をかけて丁寧に抽出したものを、さらにきちんと評価する時間も必要なのだということも分かったし、進んだらその分戻る作業も必要であって、その差分のなかにきっと自分でも気づいていない可能性が隠されているんだなと思った。こうやって書いてみると実に明確なので、きっと大ジョブ。待っててね!

ぼくは生かされているんじゃなくて、生きているんだよということがどれだけ大切なのかということだ。きっと怒りをもっときちんと評価していかないといけないんだろうと思っている。やっぱりぼくは歴史と現代の価値観と闘っていたいのだ。きっとね!

次はフィンランドのヘルシンキだ

木曜日, 11 月 5th, 2009

残りあと3ヶ月で日本を発つ。今回考えていることは、銀行の屋上にネオンサインを設置して、そこから街に向けてメッセージを送る事で、特に泥棒というモチーフを使って強盗してみたら?っていう挑発をすることでどうにかいろんな場面で想像上の盗みを仕掛けられるかどうかということ。気になるのが、平均気温マイナス2℃極寒のヘルシンキでどこまでアクティブに動けるのかということなのだけど、ぼくがこれまで体験したなかで一番寒いんじゃないかなと思っている。日本でもいつも霜焼けになってしまうくらいだから、結構準備しないとやっかいなことになる。というか厳しいことになる。平均がマイナス2℃だからもっと下がる時もあるということなので、どうしたらいいだろうという想像もつかない。北極に行くような気持ちで行かないと行けないなんだろうか。とりあえず、ネオンサインのデザインと発注予算だけ日本で打ち合わせ終わらせられる感じにしておけれればいいなあと思ってるけれど、設置現場の下見も行ってからしかできないからどうだろうか。許可申請もやっかいかもしれないから、ここぞとばかりに交渉術でも学ぼうかしら。今回はかなりプランが明確だから、心配なないぞ、行くぜ!ちょっと帰りにドイツ寄りたいなあと思っている。明日は高円寺で展示の打ち合わせだ。

忙しいというだけで幸せだと思う

水曜日, 11 月 4th, 2009

スパイラルでウルトラ002がようやく終わって長かったなあという感想と散々な売り上げだったなあという感想といや面白い経験だったなあという感想とこれからも頑張ろうという感想といろいろ思うところがあってよかった。20時に撤収に入ってすぐに、片付けて一件作品の納品に行く。これがまたすごいマンションで地上45階くらいのビルでその屋上近くの住まいである。わお!って言うのも忘れるくらいすごい眺めでこんなところに棲んでいる人が本当にいるんだ!と思った。作品の引き渡しを終えて、軽トラの荷台に揺られながら杉並を目指して30分酔いながらも何とか到着。これからまた忙しくなると思うと嬉しい限りだ。

多摩美の帰り道の夜空でぞっとする

火曜日, 11 月 3rd, 2009

スパイラルのウルトラが終わってから多摩美で同級生のお別れ会に行く。ロンドンに1年行くらしい。今日はこっそり芸術祭も見られるかなあと思っていたけれど、21時頃学校に着くと学校はすっからかんで誰もいない?あらら?って思っていたら今年は20時で芸術祭が終わりらしい…というか夜間大学なのに20時で終わりってかなり致命的なんじゃないかと思う。これはやっぱり大学側と学生が闘争しないといけないんじゃないかと思うけれどその余力はもうないのか。そんなことを思ったし、ぼくらのいた時期はもっと深夜までみんないたし、それはそれで連帯というものはあったのかもよくも悪くも個人主義的な感じでまあいいかってなっているんだろうか。よく知らないのだけど、そういうことかも。正直寂しいものだ。何が芸術祭なんだろう。普段の学校の風景と全然変わらないというか、今日は芸術祭じゃないかったけ?っと思ったくらいだ。かなりまずいね。

それはそれで今日は研究室でなぜかお酒を飲んだりしてゆっくりお話もできたし、それはそれでこれからの話にもなりそうな予感でよかった。ただ寒過ぎて凍える夜空はかなり厳しかった。まだ冷えると思うといろんな意味でぞっとする。

ウルトラ4日目が終了して雨が降った

月曜日, 11 月 2nd, 2009

ウルトラ002の4日目が終わってからVacantの題府くんのオープニングパーティーに行く。もう21時なんだなあという感じで一日中スパラルにいるので、いよいよ腰が痛くなってきて、ひっきりなしにお客さんが来るのでやや疲労が溜まってきている、それはみんな同じだよと思うのだけど、なのでここで頑張ろうかと思う。これを乗り越えて次に早く行きたいと急ぐ気持ちでいっぱいである。この次の展開をギャラリーと作家の連帯でどんな風になっていけるのか楽しみであるのだけど、手探りでやっている不安もある。来年の2-3月に2ヶ月間のヘルシンキ滞在が決まって、新しい企画動き出しているし、それにそのあとの個展も決まって大忙しになりそうな目前である。こんなところでくたばってたまるかという気分である。ぼくを忙しくさせてくれたみんなありがとう。今日はスピッツが流れている。