たぶん旅をするだけだ
金曜日, 2 月 26th, 2010小さなアートマガジンの取材があって、今日掲載された雑誌が届いた。愛してるよ、というのはお命頂戴というかあなたの命を預かるわ、ということなんじゃないかとなんとなく思っていて、そうか好きだというこは生命に関わることなのかと思うと急に緊張するというか、僕たちの身の回りの社会だとかそういういった類いのものたちがいつのまにか痛くないような感じがしているというか、苦しみがないというか、健康的過ぎるというか。ぼくはいつだって生命の危機に晒されていて、だからぼくは何だか健康的で放牧的な映画が嫌いだ。そいいった意味でエコとかロハスというものも苦手になっていって、なんでなんだかいつの間にか27歳までになっていて、ぼくだって歳は取りたくないよと言っても誰も許してくれないから、ぼくが勝手に許してあげることにしたい。初めて出会った女の子の最初の言葉が「許す」だったら、どれだけ救われた人生を送れることができるのだろうかと想像することはとてもどきどきすることだし、ぼくはいつもだれもかも何となく許した気持ちになってきた。人生には、いくつかの人の出会いが設定されていて、そこでいくつかの問題が出されてくるのだけど、ぼくはいつもそれを許すことで解決するというのは、やや感情的過ぎるのだろうかと思うこともある。ただ、ひとつだけ気づいた事と言えば、構築的な討論というのはもはや想定することが不可能なんじゃないかと思う節があって、何が言いたいのかというと人生はきっと議論なんてできないということであって、じゃあどうするのかは知らない。たぶん旅をするだけだ。









