Archive for 4 月, 2010

鳩に謝れ

火曜日, 4 月 27th, 2010

鳩に謝れ。 (※1) 私は、宿命について考えたい。私たちは世界のどこにいようと自分とは関係がないと言いきることはできないのではないか? (※2) 彼女はヘリコプターの方へ走って戻りながら、振り返って俺に叫んだ。「さようなら。もっと『お別れ』を楽しみたかったんだけど、残念だわ。あなたっていい人だったわね。さようなら。さようなら」(※3)
やあ、彼女の背中を撫でることはできないから、やあ、と今日は言うことした。鳩とネズミと三毛猫がたぶん、同時に顔を出し、世界(共通の認識の地平)で、彼らは彼女を覗き込んでいる。その鳩というのは、あまりにも鳩という言葉でしか言い表せないような姿形をしていて、まさに鳩であり、ああだから鳩なのだなという納得のいくような素振りをしている。私は(自分は)そういう彼らの存在が好きで溜まらない。彼が何者からの攻撃を避ける為に、飛び立とうとするその瞬間がまさにそれこそ、鳩なのだ。私は、彼らの食生活やどこで寝ているのかが気になってしまうことがある。当たり前のように、彼らは私たちの前で目覚めているし、当たり前のように寝ることはない。「どうせ」と言えばそれまでかもしれないのだが、私はその種の言葉が嫌いなのだ。私たちはパレスチナと呼ばれる土地にいた。…いかなる道徳的・政治的基準によって、私たちは自らの民族的存在や土地や人権に対する主張を捨てるように期待されているのだろうか。一民族が全体が法律上存在しないと告げられ、それに対して軍隊が差し向けられ、その名前すら抹消するために運動が繰り広げられ、その「非存在」を証明すべく歴史が歪曲される。そんなとき、何の議論も沸き起こらない世界とは何なのだろうか? (※4) バルコニーに立ち上がる動物たちとコーヒーを飲む鳩。お別れは近づいている。いかなる方法や手法を用いても超えることのできない壁を想像している鳩。散歩と旅行の違いを思想する鳩。苦し紛れに、飛び立とう。どうせは嫌だ。
やあ
それでもいつかは家に帰ってくるんだ(※5)私がすべて正しいとは限らないのだよ。呟く言葉は誰にも届かないとしても。牛と猫が丸い柵の中で共同生活を営む。原始日本人が歴史上始めて、外国語に出会う瞬間とお別れ。

デッチアゲだ、無実だとくりかえすのは、程度をこすとうそになる。(※6)
「…ふうん。すると、こうなるんじゃないか。彼らをすっかり絶滅してしまうか、それとも、彼らの言いなりにほうだいに彼らを甘やかしてやるか、道はその二つしかない。しかも君らは、その二つの道のどちらもとるわけにはいかない。な、そうだろう。それでいいのかな」(※7)
期待したさようなら
想像したさようなら
甘えたさようなら
言ってほしいさようなら
どうしてもさようなら
いつかさようなら
私にはあなたの顔を見ただけであなたの10年後が透けて見える (※8) 性善説敗れ去る……優先席廃止 (※9)

(※1) 2008年4月2日 新宿歌舞伎町路上で聞いた若者の会話から
(※2) 「ポストコロニアニズム」本橋哲也著 岩波新書 2005年 p.60 13-14行目より
(※3)「ベトナム観光公社」筒井康隆著 中公文庫 1979年 p.220 3-5行目より
(※4)「ポストコロニアニズム」本橋哲也著 岩波新書 2005年 p.124 7- 11行目より
(※5) 2008年4月 松尾思樹氏から聞いた言葉より
(※6) 「幸徳秋水 直接行動論の源流」 飛鳥井雅道著 中公新書 1969年 p.4 2行目より
(※7) 「富士」武田泰淳著 中公文庫 1973年 p.56 8-10行目より
(※8) ゼロ次元商会 加藤好弘氏から聞いた言葉より
(※9) どこかの新聞で読んだ記事より

その答えはきっと遅れてやってくるはずだ

土曜日, 4 月 24th, 2010

ヘルシンキから帰ってきてからというもの実はやや精神状態がいつもと違うのだ。何かに怯えているのかしらとも思ったのだけど、なんだかとりとめもない怒りがこみ上げて来て困る。いつもだったら難なく回避できる術を知っていたのかもしれないけれど、今はずっと怒っているし、加えて会う人会う人にそればかり話しているからどれだけ迷惑なことだろうかと思って申し訳ない気持ちにもなる。かと言ってどうすりゃいいのかという妙案がある訳でもなく、ひたすら困るのみなのだ。ひとつの原因はおそらく精神的に同時にろいろ考えることが増えて忙しくなったのもあるだろうし、そしてもうひとつは2010年という現代をどうやって乗り越えるのかという命題に何も答えられない自分に対しての怒りでもあるかもしれない。どうにもこうにも、もはや日本は相当危ういぞと頭のなかでぐるぐる回っている感じで、それが停まらない。すべてのパースペクティブが同時に消滅して行き場のない肉体だけが浮遊しているような感じでもあるし、この現代に答えを出すのは私達当人でしかないという結論だけが先行馬の走り抜けている状態では、もはや手遅れとも思えるような焦りもありつつ、そこでじゃあどうするのか?というアイデアも差し出せず苦し紛れに夜空の月に頼もうかしらとも思ってもセンチメンタリズムだと切り捨てられて八方塞がりの状態であって。新宿西口で一生懸命に沖縄アメリカ軍基地のデモをやっていても誰も無反応であって、その問題云々よりも先に誰も無関心であるという状況がぼくを一層疲れ果てさせるのだ。これじゃあ何をやっても何も変わらないと思ってしまっても不思議はないし、現実的に60-70年代の学生運動が結局のところ殆ど何も動かせなかったという結論を先読み的に知っているということが作用しているかもしれない。ただし、その功罪はさておき、僕らは生きる以外に術を知るはずもなくひたすら未来に向かって生きるしかできない限りにおいては、私達の現状とその存在論的な歴史をもっときちんと話し合うべきであるし、何にせよ東京はスピードが早過ぎるのだ。それはかなり大きな問題であって、すでにぼくらはオウム真理教地下鉄サリン事件のことだって忘れつつあるし、5年前、10年前のことなんかいとも簡単に忘却できるのだ。それをいい事に都市ではスクラップ&スクラップ建築のオンパレードであって、先日も新宿に大きなヤマダ電機のビルが出来上がった。もう辞めてくれと誰も言わないものかなり寂しいものであって、問題ないからOKだという何でもあり的な発想で何でも建ててしまっては、もうこの2010年は乗り越えられないと思うし、時代遅れである。エコ活動に参加してくださいとか、エコ商品ですからと言っているくせに、最大の反エコであるスクラップ&スクラップ建築及び無意味な巨大モニターの設置を行うことで、同時に矛盾することをやれと言われているような気分でもある。当たり前だけど、そんなこと言われたらブチ切れないと行けないと思う。切れる17歳の世代はどこに行ったのだろうか。そういった自己矛盾的な活動がほぼ毎日溢れんばかりのエネルギ−を使って行われているのを見て、何も思わないというほうが不自然だ。現実的にはぼくらは、経済資本主義の奴隷となっている場合ではない。

先日聞いた話に寄ると、ゆとり世代と言われる若者のさらに下には悟り世代というのがあるらしい。それはすでに悟りを開いたがドがごとく世界のすべてのことを分かってしまったような感覚で生きる世代らしい。ふと思ったはGoogleの功罪かもしれないと、結論が先攻しすぎるのだ、さらに調べればたいていの事は分かってしまう。怖いのはその裏側かもしれない理解を越えたものとどう対峙しえるか。その答えはきっと遅れてやってくるはずだ。

スクラップ&スクラップ

月曜日, 4 月 19th, 2010

久々にポートレート写真を写真家の題府基之君に頼んで撮ってもらった。今日は出来上がった写真を受け取りに新宿まで出かけて、そのあとで題府君の彼女とも合流してインドカレーを食べに行って、そんでもって題府君の彼女には初めて会ったにも関わらず、なんだかいつのまにか大興奮してしまって、いろいろベラベラ喋ってしまって、最後のほうにはなんだか少し寂しい気分になってしまって、ああまた悲劇のヒロインなのかなとか考え出してしまってようやく正気に戻ったつもりでもあるけれど、いやそんなこともなくて喋っているぼくもすごくシリアスで。最近ずっと考えているのは、六本木ヒルズを誰が建てたかということを引き合いに出して、それは僕だという大飛躍から始まって。たいていの人に言うと笑われるし、それで自然だと思うけれど、そのあとで、いや実はすべての人と出来事がすごく遠いかもしれないのだけど、関係し合っているんだということを負い続けて生きなければいけないんだという意味のことを言うとようやく理解してもらえる。そんなの当たり前なのだけど、その当たり前のことだって分からない現代の東京で、たった30年程前には日本人のテロリストたちが東京丸の内の三菱重工ビル爆破事件を起こしたことだって、殆どの人の記憶から忘れ去られているし、時代の流れが早過ぎるのか、都合の悪いことはたいてい忘れ去られて行くし、そんなの仕方がないというのはちょっと酷過ぎるし、どうやってそれが引き起されたのかって今の人に説明するのは結構難題かもしれないけれど、実際に起こった事である、いま僕の生活を支えているこの社会システムだっていつどこでどうやって生まれてここに存在しているかってことももっと本当は知る必要があるけれど、そんなの考えている時間がないくらいに生き残るだけで精一杯というのが現状かもしれない。ただ、もうスクラップ&スクラップの日本はもう間違いなく時代遅れだと思う。なんでここに僕が今暮らしていてこんなに情報と物の多い東京の生活享受できるかもっとシリアスに話し合わなければいけないと思う。答えなんて後回しだ、そんなのどうでもいい。


photograph by Motoyuki Difu

[2010] 泥棒と文通する / Communicating with Thieves

木曜日, 4 月 8th, 2010


exhibition view at HIAP project room

Intervention project, 2010
Thanks to Seppo Renvall, Oliver Whitehead, Jenni Valorinta, Mikko Linnavuori, Tomasz Szrama and Marita Muukkonen
Produced in a residency at HIAP production residency programme, Helsinki
Supported by HIAP

“泥棒と文通する”はサイトスペシックで一時的なインスタレーション作品で、人々に泥棒との関係を想像させる。ヘルシンキの複数の銀行ビルの壁に “今が泥棒の時だ!(フィンランド語と英語で)”というメッセージを大型ライトプロジェクターで投影する、営業時間終了後の夜間だけ点灯させる。そのサインを見た人々は権威や資本主義社会の抵抗行為としてのあらゆるレベルの想像上の銀行強盗や盗みを想像することができる。そしてまたこのサインは低所得労働者の私有財産制度やすべての土地が誰かのものであるという富に対する抵抗の声とも捉えることができるかもしれない。このビルに掲げられた声は実行可能ではあるが、実際に泥棒を突き動かすことができないかもしれない。しかし、泥棒というアウトローからの視点でお金や経済のありかたを考えることは、きっとこれから社会を変えるきっかけになると思う。

Communicating with Thieves is a temporary, site-specific installation that imagines a relationship with a real thief. On aika varastaa! / It’s time to steal! (Finnish/English) slogans are projected onto the walls of several bank buildings. People seeing these signs can imagine any scale of bank robbery or theft from governing authorities and global capitalism, as an act of resistance in their imagination. This can be seen as resistance that speaks to the private-property system, since ‘wealth’ in all fields belongs to somebody from the low-income working class. The bank-robbery slogan symbolizes the fact that action is possible. But it cannot make people act. Nevertheless, thinking about money and the economy from the point of view of an outlaw bank-robber could trigger a change in the world.

本当のこと

木曜日, 4 月 8th, 2010

ヘルシンキのレジデンスを終えて、帰国してもう1週間になる。急に東京の忙しさのなかに放り込まれたような気分でやや目眩と浮ついた気分のなかで、東京の電車のなかでよぼよぼしていると、変な顔で見られるけれど、それでもいいのだと思って久々に日記を付ける。とても難しい問題なのだけど、本当のことを話そうということはすごくいい態度なのではないかと思って、たまたまトウキョウワンダーサイトの展覧会でアーティストインレジデンスの成果展をやっていて、その展覧会のコメントに、みんな死ぬだから本当のことを話そうじゃないかという意味のことを書いてあって、ああこれはいいなあと思って行った。それでも帰り路の路地でよぼよぼ下手な恋愛話をしている若者のほうが、もっと本当のことを話しているような気がしたから、それもこれもとんでもなく難しい問題だなあと思ったら雨が降っていた。

本当のことを言うのは、それはそれはとんでもなく大変で、世の中に嘘とか偽物とか情報とか、メタフォリカルな現実がたくさん散らばっていて、どれが本当に本当なのかっていうは至極複雑でその文脈をきちんと紐解かないと結局は全部、嘘でしたということにしかならないし、ぼくだってやっている芸術活動は全部できもしないことを無理くりやってみせると言って、強引にやろうとふんばることでそれが不可能性と現実の境目をひょいと飛び越えるられる時もあるし、その不可解な瞬間にこそ、本当があるんだということもできるし、今ぼくたちが見ている東京だとか世界だとか鳩山首相だとかそういった物事すべての情報をもっと引き寄せて、一度は自分の身体で引き受けてみないと、本当なんて言うのも、もう2010年には無理があるなあという感想と、それに現実に情報が多過ぎるという事実のなかでいかにそれをパスしえるかという技術的な問題と、果たしていままで自分の中に刷り込まれてきた価値観を自分自身捨てる事ができるかという感情的な問題との折り合いが付かない限りこの東京はもう手遅れになってしまうぞと思った。

そんなこんなだけれども、フィンランドの80’s音楽のJonnaを聴くといとも簡単にぼくは嬉しい気分になることができるのは、ぼくにはフィンランドという文脈が欠落していて、ひょいっと2010年になんの情報もなく入り込むことができるからであって、時々こういった旅も必要なのである。

今日はやや蛇足ながら、今年度からαMの企画「複合回路」が始まります。ぼくは第三回のアクティビズムの詩学という副題を付けながら個展を夏にやりまーす!