Archive for 9 月, 2010

今日も嵐なのだ

火曜日, 9 月 28th, 2010

言葉はもともと実態のないものだということの了解を忘れてしまいそうなくらい、使い続けているので一体全体なんのことか分からなくなることがあるのだけれど、運命だとかいう言葉が存在しているとか信じ続けることと「運命そのもの」はまた別ものであることうことだ。つまり言葉は常に何かを指差すことしかできない不器用な器であって、それ以上ではないというこだ。つまり僕たちは生き続けるほか無く、死ぬしかないということだというのは大袈裟かもしれないが、果たしてそうかもしれないとも思う。花に嵐のたとえもあるぞ。つまりそういうことが、僕たちの人生の大半を左右する大きな因果として働いていて、それ以上に僕たちはもっと脆い肉体しか持ち合わせていないということだ。今日も嵐なのだ。

[2010] 読売新聞 9月18日 - 「次世代人」

木曜日, 9 月 23rd, 2010

常識と意識と知識を捨てるべきだ

日曜日, 9 月 19th, 2010

夕日が沈むたびに同じような夜がやってくるのだけど、それもこれでもあれもこれもそう思っているだけで、だってヘルシンキのスタジオから見ていた夜空はそれはもう全然違うものだったに違いないし、見慣れているだけだと思えばきっと面白いことができるはずだと思うほかない。今日、読売新聞の夕刊にぼくのことが少し書かれているのを読みながら、やっぱり生きるということは、どうやって死ぬかということを実践することしかないのだなあとつくづく思った。やっぱりここで死ぬだけは厭なのだ。良く訊かれる質問で、いつかたアーティストになろうと思ったのか?と訊かれることが最近多いのだけど、正直そんなこと良くわからないし、それよりもどうやって人生を締めくくるか考えたら、おのずとこうなっていたに違いないのだから、最終的にはアーティストでなくてもいいのかもしれない。これは何度も何度も言い続けていることなのだけど、揺るぎなく自分の意識や意志とは関係なくずぶとく貫かれている。おそらく旅がもっとしたいのだと思うし、まだまだ見ぬ世界とこの社会のことやあの人のことやこの人のことをもっと知らないといけないなあと思っているからだと思う。つまり好きなんだ。さあ、ここからあと50年くらいの長い旅はまだ始まったばかりなのだから、もっと滅茶苦茶にボロボロになってやろうかしらなんて、思ってしまうのはきっとそれくらいしないともっと刺激的な世界を見れないかもなあと思うからだ。やっぱり、あの南米に降り立つときの無根拠の感動は一体どこからやってきているんだろうと考えるとアーティストは辞められない。新しいことは始まるときは、常に何かを捨てたときにやってくるのかもしれない。そうだとしたら潔く僕はもっと人知れず捨てる技術を磨くしかない。訳のわからない感動というものを手に入れるには、まず自分の常識と意識と知識を捨てるべきだ。二度と戻れない人生の節目はいつだって、自分で決めらるはずだ。

宙ぶらりという言葉に憧れている

水曜日, 9 月 15th, 2010

未熟者とか初心者とか宙ぶらりという言葉に憧れている。正確に言うと私達の生はいつまでも中途半端な状態を克服しようとする試みの連続であって、繋がっていないものを無理にでも繋げようとしていて、分からないものを分かったように整理しようと努力しようとする試みの連続であって、つまるところ僕らはいつまでも中途半端を引きづり受け止めるしかないのだという結論である。その最先端は科学でありデザインでもある。科学は私達の暮らすこの世界の仕組みを極僅かに分かっている(つもり)の言葉で説明しようとするのだ、あくまでも説明しようとするだけなので、そこに発見などない。もともと見えているのだから、それを分かったぞ!と思えるように言語を繋ぎ合わせるだけのことだと思う。デザインは問題だとされる生活の諸問題にたいしてこれとこれがこうなればいいかもしれない!と思えるように何かと何かを繋ぎ合わせようと試みる。そして、ぼくはその逆を行く。何もわからないこの社会の仕組みに紛れ込んでもっと理解できない状態の次元への脱走することで、脱落してみせることで、落ちぶれた落第生のように何もできずに四苦八苦する初心者のように目前に迫り来る社会の仕組みに弄ばれるかのようにするりと関係の編み目に入っていき、みえなかった問題というのを暴き出す。

想像以上になにも知らない宙ぶらりんな状態だということをいかに認めるのかという闘いなのだ

月曜日, 9 月 13th, 2010

馬喰町のギャラリーαM「複合回路」アクティヴィズムの詩学-丹羽良徳展が終わった。今日でなんとか搬出を終えて、その足で汚い格好で恵比寿へ読売新聞の取材へ向かう。記者さんはぼくはパンクスなんだと何度も連呼していて面白かったし、写真も何十枚も納得いく迄撮影していたし、なんだか褒められ過ぎで、おいおいおいおなんて思いながら変な顔をしながら話をしていた。今度ぼくの家にも来ることにもなったし、これはもしや長い付き合いになるのではという感じなって、あわや。これしきのこと何の事ないわなんて言うのも男らしいけれど、ぼくは乙女座だからそこは何も言わずに黙って笑ってみせた。丹羽君ならすぐに大学教授になれるんじゃないかとか言われて、勝手にいい気分になってふて腐れて帰ってきてビールを飲んでやった。いや悪い気持ちではなくて、もっとぼくはやるべきだなと元気をもらった気分なのだ。美術業界というのは厭な言葉かもしれないが、それを使いたがる人も確かに居る訳でそれを言い訳にするひとも居る訳で、ぼくはそれがどうのこうのは無いのだけど、やっぱりそれを盾に生きるのはちょっと無理がある。吹き曝しの窓のない家に住んでいるようなもので、分かったフリをするのだけは一番ヤバいのだ。それをしたら制作ができなくなるのだ。きっと僕らは分かっていることを要求されているのだけど、きっと僕らは想像以上になにも知らない宙ぶらりんな状態だということをいかに認めるのかという闘いなのだ。

知的臨界点への脱走

金曜日, 9 月 10th, 2010

マドンナのHang Upを聴くと明け方朝靄の中飛行機で到着する南米チリのサンチャゴの妙に神秘的な風景を思い出し、Toy DollsのYou won’t be merry on a northを聴くとノルウェーの薄暗い夜道と日本赤軍の暗い人生思い出し、BlondieのCall meを聴くと冬のベルリンでフリマに行ったことを思い出し、市川実日子を見るとフィンランドを思い出す。どれもこれも音楽そのものには関係のないものばかりなのだが、その当時聞いていたという記憶と強く結び付いているので、同時に風景も思い出してします。人生は旅なのだから、こんなところで暇つぶしをしている場合じゃないと思うのも当然のことだし、もっと遠い見知らぬ土地へ行って、見知らぬ人と出会い、見知らぬ感情を抱き、見知らぬ言語を覚えながら、見知らぬ自分というものを見いだしてみたいというのも当然のことだ。ぼくだって、もっと遠くへ旅をしてみたいと思う。さよならだけが人生だと誰かが言ったかもしれないが、良く言うものだと思う。さて次はどこへ行けばいいのかと思うとワクワクして仕方がないのと同時に、世界にはまだまだほぼ99.99999999999%の人とはまだ出会っていないのだからぼくはまだ何も知らないのとほぼイコールである。そう思えば、ぼくは無知であるし、それ以上何者でもないのだ。人はそれぞれでもっと縦横無人に好き勝手にいろんなことをできるはずなのだから、誰が何と言おうと生き続けるという旅をするしかないのだ。そのことに置いては、自分で責任負うしかない。ぼくはもっと支離滅裂な人と出会いたいという欲望でいっぱいである。そんなもの想定内だとか言う奴は嫌いだ。