Archive for 2 月, 2011

月曜日, 2 月 21st, 2011

ベーコンと目玉焼きとエスプレッソコーヒーを深夜1時頃から作り始めて、ああそうなんだねこれは朝ご飯みたいだなあとか勝手に思っているんだけれど、そんなことよりも空腹と眠気をどうにしかしないといけないなあとぼんやり考えているだけで、何にもならなくて、ただそうだなあと思っている以上何でもなくて、ただただ盲目のように白昼夢なのか夢を見ているのかどうなのかもよくわからなくて、訳が分かっているフリをしている。けけけ。いつごろから甘いお菓子のことをスイーツと呼ぶようになったのかは知らないけれど、そうなっているらしい。自分とは関係がないと言いたいところだけれども、大いに関係を持っているようでならない。ふと考えてみれば、人類はいつから料理を作るようになったのかということが気になってくる。他の動物は調理はしないんだろうか、火を使えるようになってからだということは簡単に思いつく原因ではあるけれど、それだけではなかろう。スイーツ。

奥様

火曜日, 2 月 15th, 2011

纏まらない気持ちのをどうにしかしうかと思って、部屋を片付けたいのだけどもそれもできずに何もできないでいるといつの間にか時間が経過していて、だったら別のことを終わらせないと行けないなんじゃないかと思い出したように、なんとなく料理なんかしたりして、それでも締切が今日だったんだなとか思い出したりして、やや頬を紅く染めながら外を見ると大雪だったりする。なんだそうかアムステルダムじゃないかなんて記憶を辿りながら、いつだってこうやって関係のないことを個人的な理由によって結びつけることができるというか、そうするしかないというのが人間の証であるんじゃないかなんて思ったりしていると、なんとなく刹那的な気分になったりしてくる。ごめんなさい謝りますわ、ごめんねなんて言うのは最後の最後にしようかしらなんて人生の計画をしてみようかしらなんてロマンチックだわ。

そうよ

火曜日, 2 月 1st, 2011

2月になったと思ったらもうぼくも28歳だから、いつまでも若くはいられないなあと漠然と考えながらもまだ若いなあとも思っているし、そんなの自分次第だから言い訳してられないなあと思ったし、お金が無いとか時間が無いという言い訳の代名詞はもう言うのも辞めにしないと、これからも生きていけないなあと思うし、睡眠時間が2時間だったり3時間だったりしてもそんなの平気よなんて言えるのがいいし、疲れ切って路上で倒れ込んでしまうくらいのほうがロマンチックではあるし、そんなくらいに思っていないと何もできないぞと思ってしまうから、きっとまだ大丈夫だ。アムステルダムの件もようやくやれることは全部やったつもりでいるし、それでいてどうこうなってしまっても何の文句も言わないでおきたいし、それで黙って次のことをやるだけの人生でいい。恋人だってどこかへ消えてしまったけれど、そんなのいいんだと思えるくらいのことでなくてはいけないと思い込むのはややロマンチック過ぎるけれど、いまはそれでいいのだと思うのが一番の処方箋なのかもしれない。ただただきっと明日は良い日なんだと思える作業に没頭できれば、幸せであるからいつだって、それでに向けて努力するだけで、それ以上でもそれ以下でもなかろう。空中分解しそうな人生がジェットコースターだと誰かが言ったのが聞いた気がするけれど、それはきっと楽しんだということを言いたかったんだと思うし、ぼくらは人生だとか社会だとか税金だとか労働だとか勉強だとか哲学だとか革命だとかいろいろ忙しくて溜まらないけれど、タイムトラベルも出来ないし、時間も止められないから、それくらい無力で無知のままでいてくれたらいい。人類が作った社会の規範はぼくらに無限の発展を要求するかもしれないけれど、それは誰が考えても小学生が考えても無理であることは明白であるはずなのに、それができないということは言えないのであって、じゃあどうすればいいんだということを越えられないところに現代というのがある気がする。おしまい。