観光地と観光客の関係性

8 月 8th, 2012

2012年。この当たり前の年号におののくは、きっとこれが現在であるからであろう。現在進行形の新しき今日というのは、常に絶えず更新されうる状況を待ち望んでいるにも関わらず思考は混沌した状態から抜け出すことはできずに震え上がるばかりで、いっこうに明日にはいけないで、どうしても明日に見えていたものが今日にすり替わってしまったところで、ああしまった、と嘆くばかりではどうしようもない。それは置いてきぼりを喰らった少年にように、健やかに見送るわけにもいかないので、冷や汗まじりに臭い吐露を投げ出すばかりかもしれないが、昨日だってそうだったに違いないと結論をどうにか穿り出す。奇妙なことに、世界の端っこであったと思われていた思想は既にもうどこにもない、ただただあるのは、とんでもない距離の向こう側に見える不確かな終焉だけであったのは、今も変わっていないように思う。それはぼんやりと第三者を冒涜することが可能なこの世界の特徴なのであった。運命とは無縁に、街でふいにすれ違ったあらゆる他人のことを考えてみるといい、それはきっとぼくや私という主体性のマジックからは到底考えも及ばない世界を生きていると同時に、社会という同じ名前の幻想を生きると信じてやまない。それは「私には関係がない」という存在の極地から生存の可能性を破棄しつつも、同時に自分の生命維持の最前線を行くものである。それは自己保身と自己防衛の武器である。どう考えても、私とは関係がないという極地から走り始めることが、この2012年の流行語大賞になってしまっても、ぼくは説明できるぞという気合いにも似た確信を持ちながらも、それはきっと私には関係がないというマジカルな部分として、切り捨てられることで会話不能となったところでようやく現前に姿を表すという矛盾した存在なので、どうも会話にはならないらしい。つまり、それは観光と観光地という関係に集約される比喩的な存在であって、資本家と労働者という使役の関係ではなく、そこにあった空間と、無関係にどこからかやってきた客人の関係であった。その関係には、歴史や地理的ななんら一切の必然を感じられない。唯一関係を繋ぎ止める根拠といえば、客人が客人となるための自主的な動機でしかないのであった。それはぼくにとって、非常に希望に満ちた関係のように思われる。

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