昔ばなし

11 月 6th, 2012

中毒。たいていの場合は、想定よりも現実が大変だということは経験的に分かっているつもりでも、無謀なことをやらずにはいられない性格なのは、きっといつ死んでいいじゃないかという用意をしているようなものだ。出遅れた筋肉痛が過去からの贈り物だったとしても、潔く受け取っておこうなんてかっこ良く言うよりも単なるそれはぼくの準備不足と運動不足が祟っているだけに過ぎない。いや、運動はしている。運動はし過ぎているが、それに適した筋肉を使えていないだけだ。いや、それを運動不足というかもしれない。いずれにしても、眠いなんて二度と言うか。そんな呆れそうな天の邪鬼な性格をどうにかしたいとも思うけれど、もう手遅れなんだ、そいうことはきっと両親を呪ってもどうにもならないし、自分を呪ってもそう簡単に呪縛からは抜け出せない。卑怯な手かもしれないが、いっそのこと天の邪鬼を生きるしかない。分かっているつもりでも、その分かったと思う根拠はいつも論理ではない。

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