メモ20130414

4 月 14th, 2013

正直にいって、ここ1年間くらいずっと心の底でわずかながら絶望を感じていた。それは具体的には、2012年の3月にモスクワから帰ってきたあたりからずっとだったのだけど、原因はいくつか思い当たることもあるが、それのどれも決定的なものではなくて複合的な要因のひとつであることは確かだとは思われる。絶望というと何かとんでもないショックを受けたかのように思われるけれども、そうでもなくて日常的にはそこそこに楽しいこともあるし、仕事だって比較的に充実していると言っても差し支えないとも思っているけれど、それは切り離されたところで、何かが絶対的に足りなくて、そこか不充足の気分を味わい続けているし、それがどれなにか微妙に判別つかなくもなってきているしから、ぞっとする。ぼくのすべての言動はなんらかの反感か反動でしかないし、あーいえばこういう性格になってしまったのも、そこに起因するかもしれないというかすかな憶測も感じてはいるは、そんなことはあまり訳にたたないばかりか、余計絶望するばかりだ。それもあってか、一時的にTwitterも辞めてし、facebookも情報を減らしていたのだけど、どうもその選択もあまり良くなかった。表に出す情報を減らすと、当然人の反応も減る。それらが人生のすべてではないが、生活の一部に根付いてしまった状況では、そうならざるを得ない。これがさらなる絶望をうむ。だからと言って、なにか解決策をぼくが今持っているかというと、そうでもない。小さいな幸せがどこかに消えてしまったのか、感じ取れなくなってしまったのか、平凡になってしまった生活がどうも息苦しいのか、いやそうでもなくて、30歳になった今が小さな頃に思い描いていたような輝かしい日々ではないということが分かってしまったのか、いやそうでもないだろうけれど。確かなことは、年々、小さなことで腹が立って仕方がない。元々捻くれていた性格が更に捻くれてしまったようだ。きっとこの先は、あらゆることに反抗したいと思うような、10代の初々しい初期衝動に満ちた日々に舞い戻るかもしれない。いや、現実的にそうなってくれさえすれば、結果とても喜ばしいことかもしれない。また心の奥底で、何か震災以降の社会にふつふつと苛立が溜まった結果どうしようもない、それでも街に繰り出せば洒落込んだ一見性格も良さげで正しい若者に簡単に出会えるこの捻くり返って腐敗しきった国に呆れ返ってしまったのかもしれないが、それは正直なところまだ分からない。いや分からないただ結婚したいだけなのかもしれない。ここは個人的なブログなので、アーティストとしての発言からもちょっと脱落して、いろいろ書かせてもらう。昔、インタビューで結婚なんてしないと粋がって言ってしまったのを後悔してるわけではないけれど、そういうことを言ってしまってる自分は何であろうかと今更思っている。価値は日々変わっていくし、更新されるものだ。

Leave a Reply