師走のメモ02

12 月 27th, 2013

なんで美術をやっているのか?とか美術に何ができるのか?というような設問をいろんな場所で聞くようになったと思うけれども、これらの言葉を聞くといつも微かに不思議な気分になる。そもそも、なぜ美術や芸術をやっているのかと言われたら、美術表現や芸術表現において自分の可能性を引出せる領域なのではないかと思ったに過ぎず、若干始めた動機を現在続けている動機を同時に話すことは難しいし、多くの作家は始めた動機と続けたうえでなぜ辞めないのかという動機は少しづつズレていくのかもしれない。ただ特にこれに社会的な意味はない。そして美術になにが出来るか、というのは僕の回答としては何もできないが、もしかすると作品を見せる、見ることでかすかに第三者へ影響を与えることが可能かもしれないという意味において、社会的有意義な活動かもしれないという微かな希望だけがある。それはきっと、きっかけに過ぎないと思うけれども、意味のない映像や彫刻などはそれはそれでしかないので、きっとそうなのだと思うし、雨が降って傘に変化するわけでもないので、たぶんそうだと思う。それ以上でもそれ以下でもないけれど、それを議論し続けることを辞めないで作家たちがいつもおうさしているのは、非常に不思議だなあとも思う。そのどうやってきっかけを作るかという議論はとても大切かもしれないが。まあなんだっていいのだけども、本人がアーティストである以上は、何かを発言する根拠を作品や行動に結びつけることは、必須であるしそれを自己の存在証明としている限りは結論はない。

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