ウルトラ

9 月 30th, 2009

10月月末にスパイラルで開催されるエマージングディレクターアートフェア「ウルトラ002」に出品します。今年始めに制作した「結婚を決意できない友人の為に深夜2時街灯の下で結婚式をする」を出します。今日はカタログに載せる画像の編集など。できたらつい最近できあがったアーティストブック「台無しの共同体」も持っていきたいのだけど、エディション5までしか作ってないので、出せるのかどうか不明です。まあなんとかします。

エマージング・ディレクターズ・アートフェア 「ウルトラ002」
http://www.spiral.co.jp/e_schedule/2009/10/-002.html

もういっちょ予定。月末に武蔵野美術大学でのシンポジウムに参加することになった。専門はメディアアートのキュレーターの太田エマさんが企画している「mediations of locality」artist in Residency Program, Tokyo - networked with Bangkok, Ho Chi Minh City, Kuala Lumpur and Yogyakartaで大まかにいってメディアを使ってどうやって自分たちの社会と関わっていくのかということを地域性やコミュニティーやメディアリテラシーなんかを軸に批判的議論をするそうです。ぼくはメディアアートの人間ではないのだけど、自分の活動を通して得た経験をもとにメディアというものをどうやって批判的に発言できるのかということがポイントかもしれません。参加するアーティストのおおくは直球的にメディアアーティストなので、ぼくだけたぶんた立場が少し違いますので、その辺意識しないとねと。しかも有料の2日間シンポジウムだそうで、長丁場になりそうなだけに得るものがあることを期待します。ぼくとしは、言語だったり特にそのなかでも最近覚えたての文脈や場面がはっきりしない限り厳密に何を指しているのか不明なダイクシス(直示ー例えば「みんな」「私」「彼」)のあたりのことを少し考えたりしたいなーと思っています。ぼくにとって結構これが面白い題材であって、ダイクシスは共有している共同体のなかでの一定の前提がない限り成立しないことで、その共有している部分というのが無意識であると思うんだけど、その部分を掘り下げたりするのは面白いかもしれないなと思うところです。個人史から歴史へと繋げつつそのメディア(言語から歴史へとの変換される過程)がいかに人間に影響を及ぼしていて、そこから逸脱する行為をする(させる)ことによって、うまれる可能性や不可能性と通して、現代に潜んでいるメディア問題を考えたいな。

ということを考えつつ新作に取りかかりたい。それにアーティストブック第二弾を考えていて、今度は600ページをちょっと考えています。できれば電話帳よりも分厚いものができたらいいな、しかも分厚いカバー付きで。

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