できることなら全部

10 月 9th, 2009

午後、馬喰町のαM galleryで打ち合わせ。そのまえに、折角なので近所のCASHIやフォルギャラリーやTARO NASUなんかも見ておこうってんで、そそくさ見回る。初めて見たのだけど、青木陵子 「Object Reading」が図版でみるよりも格段に良かった。たぶん、その原因は額に入っていないドローイングなんかがやや折れていたり、汚れが見えたりするところなんじゃないかなと思った。撮影してカタログなんかに載せるとその微妙なディテールが見えないし、見せようとしない場合が多いかもなと思った。

そんでもって肝心の打ち合わせはというと、また新しい楽しいことが始まったよんという感じで、来年夏にかけて忙しそうになりそうな感じであります。問屋街の馬喰町で何ができるのかまだぼくにもわからないのだけど、いろんな人からエネルギーをもらって生きているような気がしています。それだけで本当は満足なはずなのに、いろんな些細なことで気落ちしないように頑張りたいと思いますと、思ったのです。たぶん考えてみれば、何度かのターニングポイントがあるんだと思うけれど、それを確信するか否かは自分自身の力量にもかかってくるし、そう思えるエネルギーというのもあるんでしょうね。ということで、ちょっとぼくのこれまでの活動の総括でもあり、また新しい活動の始まりでもあるようなプロジェクトを創造できることを自分自身期待していきたいですね。

そのなかでも作品の戦略的な文脈的構築というか、きちんと正確に語るということが必要かもしれないなあと思う。ぼくの悪い部分というかこれから直していきたいのだけど、作品のコンセプト説明なんかをやや雑に扱ってきたので、そのときそのときにいい加減に説明していてこれはまずいなあと思うことがあるので、つまり勿体ないなあと言われたり思ったりすることが多いので、作ってしまった作品は消せないのでもういちどきちんと語り直しをして編集することで、そして新しい作品はきちんと説明することが必要ではないかと思うのです。やっぱり言語の力は強いし、それでしか理解できないこともあるのかもしれない。

ほったらかしにしないということか。

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