何を僕たちは得ているのか

7 月 6th, 2010

1日のなかでかなり割合でお金のことを考えているというか、お金そのものに踊らされている感じでもあるのだけど、致し方なく仕事をしたり、お金の計算をしたりしているうちに人生が終わる。結論を言えば、お金はだれ物のでも無いということた。その証拠に、ぼくが銀行に預けたお金をその銀行はぼくの了承なしに人に貸し付けているのだ。こんなの当たり前じゃんかよ、と言う人もいるけれどぼくにとってはこれは大きなポイントであって、つまりぼくは1000円札を握り締めたっていつまでのたっても僕のものにはならないで、どこかへ逃げてしまう存在でしかないということか。銀行に預けたりしても勝手に知らない人に渡ったりする。ぼくの物だ!と言って名前を書いても無効にされる。そう、誰のものでもないんだからつまり共有財産的なものなはずなのに、お金が無くて困る人がいたり、沢山あるひとがいたり、それは自由経済のなかでは仕方がないことかもしれないのだけど、その仕方がないことで生きていくのにはやや酷いこともあったりして、また一喜一憂したりする。その内に人生が終わるのかもしれない。誰だってお金が欲しいのだから、頑張って働いたり、儲け話に騙されたりして本末転倒な人生を送ったり、よくわからないキャンペーンに乗せられて人生が終わってしまたりしている。この前、電車に乗っている時にみたFX会社の広告では、ある条件をクリアすれば会員全員に資金の年率15%の2ヶ月分をプレゼントするというキャンペーンだったのだが、ぼくにはどう考えてもこの意味が分からなかった。何故、会社が会員にお金をあげるのか?銀行の利子も同じことだ。ぼくには良くわからない。そりゃあ、誰だって少しでも1円でもお金が欲しいと熱望しているのだから、もらえればそれでいいのかもしれないが、何であげる?それでその会社の人気が出るのかもしれないが、何を僕たちは得ているのか。

2 Responses to “何を僕たちは得ているのか”

  1. 十二社池の下 Says:

    人間社会は「嘘」で成り立っている。
    Money は、その際たるもの。

  2. niwa Says:

    十二社池の下さん
    お久しぶりです!お元気ですか?ぼくたちは毎日お金のことばかり考えていますねえ。大変です。

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