宙ぶらりという言葉に憧れている

9 月 15th, 2010

未熟者とか初心者とか宙ぶらりという言葉に憧れている。正確に言うと私達の生はいつまでも中途半端な状態を克服しようとする試みの連続であって、繋がっていないものを無理にでも繋げようとしていて、分からないものを分かったように整理しようと努力しようとする試みの連続であって、つまるところ僕らはいつまでも中途半端を引きづり受け止めるしかないのだという結論である。その最先端は科学でありデザインでもある。科学は私達の暮らすこの世界の仕組みを極僅かに分かっている(つもり)の言葉で説明しようとするのだ、あくまでも説明しようとするだけなので、そこに発見などない。もともと見えているのだから、それを分かったぞ!と思えるように言語を繋ぎ合わせるだけのことだと思う。デザインは問題だとされる生活の諸問題にたいしてこれとこれがこうなればいいかもしれない!と思えるように何かと何かを繋ぎ合わせようと試みる。そして、ぼくはその逆を行く。何もわからないこの社会の仕組みに紛れ込んでもっと理解できない状態の次元への脱走することで、脱落してみせることで、落ちぶれた落第生のように何もできずに四苦八苦する初心者のように目前に迫り来る社会の仕組みに弄ばれるかのようにするりと関係の編み目に入っていき、みえなかった問題というのを暴き出す。

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