今日も嵐なのだ

9 月 28th, 2010

言葉はもともと実態のないものだということの了解を忘れてしまいそうなくらい、使い続けているので一体全体なんのことか分からなくなることがあるのだけれど、運命だとかいう言葉が存在しているとか信じ続けることと「運命そのもの」はまた別ものであることうことだ。つまり言葉は常に何かを指差すことしかできない不器用な器であって、それ以上ではないというこだ。つまり僕たちは生き続けるほか無く、死ぬしかないということだというのは大袈裟かもしれないが、果たしてそうかもしれないとも思う。花に嵐のたとえもあるぞ。つまりそういうことが、僕たちの人生の大半を左右する大きな因果として働いていて、それ以上に僕たちはもっと脆い肉体しか持ち合わせていないということだ。今日も嵐なのだ。

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