ゴミ屋敷2

4 月 7th, 2012

「もう、○○は二度とやらない」と何と考えただろうか、今日だって内容は明かさないけれど、そういうことを考えていた。合理的で世渡り上手な人はそんなことしないで、選択肢をたくさん持っていたほうが可能性だって広がるに決まっているし、生命を賭けた闘いならばそんなこと言っていないで、目的は手段を正当化するとも言うのかもしれない。それにしても、ぼくはそう言った行き方ができないで、倫理と精神をごちゃまでにして、まごついている凡庸な人間なのだ。もう二度と酒は飲まないと言っていたのも、然り。きっともっと酒が飲めれば、出会う人も増えるだろうし、話だって進むのかもしれないし、考えつかないことも突然結び付くのかもしれない。但し、ぼくは酒でなくて、珈琲なのだ。そこにあるのは選択肢や可能性なんかではなくて、単なる決定なのであって、自分自身が決めた規範なのだ。それに自分自身が従属するなんていう考えは、これっぽっちもないが。突拍子もないが、だから芸術家をやっている。そう昔の僕が決めたからだ、自分が言ったことに自分が従わないのは、みすぼらしいことだ。やらない事を次々に決定していくことは、やる事をどんどん決めることにもなる。精神貧弱な自分に変わって意志決定をさせるためにも、それはやらねばならぬ。続きはWEBでなどではない、続きも自分なのだ。

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